悲しさはいつか薄れる
だからずっとは泣かないでほしい
ほんの少しだけ泣いて また歩き出してほしい
自分たちにはそれぞれの道があった
互いに目指すものがあった
ときおり立ち止まることはあっても 諦めはしないでほしい
自分はここで立ち止まるけど
二度と 二人の道は重ならないけれど
覚えていてほしい いつまでも
悲しむことはせず ただ 懐かしんでほしい
ときおり思い出して
自分がいたという過去を 事実のままにしてほしい
そしてできることなら
誰かを愛してほしい
自分を愛してくれたように
また 誰かを愛してほしい
人を愛するあなたの───……
曲が途切れる。
狂った電子音がする。
「どうした?」
「壊れた」
下から返った声の主の足の下に、ラジオがあった。
「…………。それは壊したというんだ」
「そうか」
真っ白な髪を身長と同じくらい伸ばした不精者は、ゆっくりとラジオを開放する。もう音は鳴らない。
「また壊したな」
「壊れた……」
「壊したんだ。あいかわらず、電子音は慣れないのか?」
「耳障りだ。踏みつけたくなる」
そして本当に踏みつけてしまうのだ。
「おい。腹が鳴っている」
正直に、空腹だから何か作ってくれとは言わない。
もう慣れてしまった。正直に言えないのではなく、そういうふうに言葉を覚えてしまったのだ。
諦めて樹から飛び降り、材料は何があっただろうかと考えながら家に戻った。
延々と続く荒野。
果てしなく広がる薄汚れた空。薄い雲の群れ。
人影も建物の影もない。岩と砂と風と太陽と、一軒のボロ屋。
空が白みだす前に、ボロ屋から人が出てくる。
少し歩くと巨木の根元。見上げても広げられた枝葉で頂上は見えない。かなり遠くからでないと見えないし、かなり遠くからでもその姿を見つけられる。
先客がいた。
根元に腰を下ろし、うなだれている。
足音を立てて近づくと、ゆっくりと首をもたげる。
「…………着いた?」
「あぁ」
延々と続く荒野。
唯一の緑。巨大な樹。
その噂は大陸の端まで侵食したらしい。緑を求めてやってくる人々が増えた。
「満足か?」
「もっと……生きたかった」
先客はポツリポツリと話し出した。
自分のこれまでしてきたこと。されてきたこと。起こったこと。起こらなかったこと。
「……それでも、人は好きか?」
「なぜ?」
「声に恨みがない」
「ないよ。愛しているから」
「殴られ、蹴られ続けても?」
「そう」
「罵られて、ゴミのように扱われても?」
「そう」
「人に人と思われなくても?」
「そう」
「人の手で人であることを捨てられても?」
先客は少しだけ笑った。
「そう。それでもぼくは人だった。
ぼくは命令を完遂することが当然であると教育された。
笑い方、怒り方、話し方、歩き方、すべて計算の上で行うことを覚えた。
完成したぼくは命令を受けて野に放たれて、失敗作になった。
ぼくはいつのまにか命じた人間を陥れていた。
失敗作のぼくを、拾ってくれた人がいた。
彼女は毎日朝早く起きて働きに出て、血のつながらない弟妹たちの面倒を見た。拾ったぼくに家をくれた。
結局ぼくは彼女と別れてしまったけれど、彼女はぼくとの別れを悲しんでくれた。
ぼくも悲しかった。
必要があるとは思わなかったのに涙が出た。行こうと決めたはずなのに、彼女と別れることが辛くて……足がすくんだ。
最初に殺した男とも、四番目に殺した子どもとも、もう二度と会わないとわかっているのに悲しくなかった。なのに、彼女との別れは悲しいと思った。
誰かと別れることが恐ろしいと思ったのは初めてだった。
ぼくは人によって完璧な暗殺者として作られて、人の中でまた不完全な人間に戻った。
ぼくを機械にしたのも、人間に戻したのも、人だった」
だからずっとは泣かないでほしい
ほんの少しだけ泣いて また歩き出してほしい
自分たちにはそれぞれの道があった
互いに目指すものがあった
ときおり立ち止まることはあっても 諦めはしないでほしい
自分はここで立ち止まるけど
二度と 二人の道は重ならないけれど
覚えていてほしい いつまでも
悲しむことはせず ただ 懐かしんでほしい
ときおり思い出して
自分がいたという過去を 事実のままにしてほしい
そしてできることなら
誰かを愛してほしい
自分を愛してくれたように
また 誰かを愛してほしい
人を愛するあなたの───……
曲が途切れる。
狂った電子音がする。
「どうした?」
「壊れた」
下から返った声の主の足の下に、ラジオがあった。
「…………。それは壊したというんだ」
「そうか」
真っ白な髪を身長と同じくらい伸ばした不精者は、ゆっくりとラジオを開放する。もう音は鳴らない。
「また壊したな」
「壊れた……」
「壊したんだ。あいかわらず、電子音は慣れないのか?」
「耳障りだ。踏みつけたくなる」
そして本当に踏みつけてしまうのだ。
「おい。腹が鳴っている」
正直に、空腹だから何か作ってくれとは言わない。
もう慣れてしまった。正直に言えないのではなく、そういうふうに言葉を覚えてしまったのだ。
諦めて樹から飛び降り、材料は何があっただろうかと考えながら家に戻った。
延々と続く荒野。
果てしなく広がる薄汚れた空。薄い雲の群れ。
人影も建物の影もない。岩と砂と風と太陽と、一軒のボロ屋。
空が白みだす前に、ボロ屋から人が出てくる。
少し歩くと巨木の根元。見上げても広げられた枝葉で頂上は見えない。かなり遠くからでないと見えないし、かなり遠くからでもその姿を見つけられる。
先客がいた。
根元に腰を下ろし、うなだれている。
足音を立てて近づくと、ゆっくりと首をもたげる。
「…………着いた?」
「あぁ」
延々と続く荒野。
唯一の緑。巨大な樹。
その噂は大陸の端まで侵食したらしい。緑を求めてやってくる人々が増えた。
「満足か?」
「もっと……生きたかった」
先客はポツリポツリと話し出した。
自分のこれまでしてきたこと。されてきたこと。起こったこと。起こらなかったこと。
「……それでも、人は好きか?」
「なぜ?」
「声に恨みがない」
「ないよ。愛しているから」
「殴られ、蹴られ続けても?」
「そう」
「罵られて、ゴミのように扱われても?」
「そう」
「人に人と思われなくても?」
「そう」
「人の手で人であることを捨てられても?」
先客は少しだけ笑った。
「そう。それでもぼくは人だった。
ぼくは命令を完遂することが当然であると教育された。
笑い方、怒り方、話し方、歩き方、すべて計算の上で行うことを覚えた。
完成したぼくは命令を受けて野に放たれて、失敗作になった。
ぼくはいつのまにか命じた人間を陥れていた。
失敗作のぼくを、拾ってくれた人がいた。
彼女は毎日朝早く起きて働きに出て、血のつながらない弟妹たちの面倒を見た。拾ったぼくに家をくれた。
結局ぼくは彼女と別れてしまったけれど、彼女はぼくとの別れを悲しんでくれた。
ぼくも悲しかった。
必要があるとは思わなかったのに涙が出た。行こうと決めたはずなのに、彼女と別れることが辛くて……足がすくんだ。
最初に殺した男とも、四番目に殺した子どもとも、もう二度と会わないとわかっているのに悲しくなかった。なのに、彼女との別れは悲しいと思った。
誰かと別れることが恐ろしいと思ったのは初めてだった。
ぼくは人によって完璧な暗殺者として作られて、人の中でまた不完全な人間に戻った。
ぼくを機械にしたのも、人間に戻したのも、人だった」