アルフレッダは手に握る一輪の薔薇を見つめていた。
 死体の広場に取り残されていた。笑えるくらい彼に似合っていたのに、彼は必要ないと思ったらしい。
 豪華な部屋も、柔らかな生地の服も、贅沢な食事も彼には必要ないものだった。鎧を着て野宿し、固い干し肉を噛むことができればよいと。贅沢は慣れればそれまでで、残りの時間は味気ないから、と。
 満天の星の下、明日の天気を予想しながら眠るのも悪くはない───。

『望むなら、泣かずに待て』
 お守りを差し出しながら震える手を握られ、あの日誓った言葉。強く思い出すたびに勇気が湧き、すべては叶わなくてもそのうちのひとつは叶うと信じられた。
 励まされたことも叱られたこともない。戦場に向かう背はただ無言で伝える。───望みは叶えるものだ、と。

 涙は少しだけ頬を伝い落ちた。冷えた頬は涙を心地よいものと感じたが、いつまでも求めはしなかった。



 突然、肩を温かいもので包まれる。
 振り返ると、弟がアルフレッダに上着をかけてくれていた。
「コ、リィ……?」
「風邪を引きます」
 弟の声は優しかった。昔のように高い音はせず、優しく響く低い声だった。いつの間にこんな声になったのだろう。
 いつから、上着を貸してくれる気遣いをしてくれるようになったのだろう。ほんの少しまえまで、アルフレッダの背中で震えていたはずなのに。

 剣術が苦手でアルフレッダにいつも打ち負かされていた。馬の長い顔が怖いとアルフレッダの背中に隠れていた。夜の暗闇が恐ろしいとアルフレッダの寝台に潜り込んできた。───あのときの弟が夢のようだ。

 次第に周囲の不穏な空気を感じるようになった。いつもせがめば遊んでくれた兄の姿を見つけにくくなった。
 長い別れを覚悟し、永遠の別れの予感に涙した。世界の果てと果てとに別れてしまうのだと、恐怖した。
 再会は突然で、お互い言葉もなく。ただ胸には嬉しさばかりが溢れた。
 まだ目も開けきらない末弟の両手をそれぞれ握り、二度と離すまいと誓った。三人が世界のすべてだった。

 時は流れて、愛しさに責任が芽生えた。愛することだけがすべてではないと気づいた。
 愛しいなら、守らなければならない。
 守るためには、強くならなければならない。
 強くなければ、大切なものは手の内から転がり落ちてしまう。

 大人の狡賢さと恐ろしさにはいつまで経っても慣れない。慣れなくてもいいと言ってくれた人はもういない。
 アルフレッダは弟たちを、弟はアルフレッダたちを大人から守ろうとした。今はもう剣となり盾となって守ってくれる人もいない。