曾岡とはクラスメイトになって二ヶ月目にして話した。
「あ、悪い」
「ん、あぁ、いいよ」
 落ちた消しゴムを拾ってやった。その礼と返答。以上。

 次に話したのは試験直前。
「あれ? 二日目の二限目ってなんだっけ?」
「数Ⅰ」
「あ、そかそか。サンキュ」
「あぁ」
 以上。

 別に悪いやつではない、と光井は感じ取っている。当番でもないのにプリントを配ったり、女子に代わって重い教材を運んだりと、案外フェアマン。
 授業でわからなかったことは休み時間に考えるなり、先生に訊きに行ったりしている模様。んで次の授業には復習であてられても完璧に答える。居眠り現場も見たことがないという優等生タイプ。
 体育の授業ではボーっとしているようで足は速く、とくに球技は得意な模様。女子の声援にも平然としているプレイボーイ。

 しかし、曾岡はなぞが多い。
 まず帰宅部。
 いや、これはたいていの生徒が帰宅部だ。しかしヤツはすばやく帰る。一緒に帰る友人も、寄り道する相手もいないようだ。

 次に、無口な上に言葉数が少ない。話せば答えるが、素晴らしく簡潔だ。

 次に、髪。
 見事なくらい真っ黒だ。染めてんのかテメー、といいたくなるくらい真っ黒で、短くさっぱり切っているからいいものの、暑苦しく感じる。
 しかし日本人には黒髪が似合うと感心させられる。

 大まかに三点を挙げてみたが、まだまだ細かい謎は多い。それを解明しようと思ったのは、何も暇だからではない。
「あ、また悪巧みの顔だ」
 不届き千万なことを言う園岡を蹴飛ばし、光井は尾行を開始した。

 パンパンに膨れたかばんを持って、ターゲットは教室を出る。恐らく光井と違い、かばんの中身は教科書類だろう。
 学校を出ると自転車に乗る。これはすでに調べ済みで、光井は園岡から(無理やり)拝借した自転車で尾行を続ける。

 ターゲットは流れるようなハンドルさばきで駐車場に入り、その隅で自転車を降りる。なんとそこは、
「さ、サンサンスーパー?」
 ご近所の奥さん方御用達の食料品店だった。
 中に入るにはさすがに勇気がいる。自転車を置き去りにはしないだろうと見張っていると、案の定、ターゲットはスーパーの白い袋を片手に出てくる。
 お母さんのお使いか?

 籠に買い物袋を入れたターゲットは再び自転車を漕ぎ出し、今度はなんと、小学校?
「あ。ヒロちゃん、おにいちゃんだよー!」
 グラウンドで遊んでいた女子児童が、児童の群れに向かって叫ぶ。するとそのうちの一人がグランドの隅にあった荷物の群れに飛び込み、ランドセルを掴んでターゲットに走り寄った。
「ただいまっ!」
「おかえり、ヒロ」
「きょうはなぁに?」
「ロールキャベツ」
 少女はもろ手を上げて喜んだ。
 ロールキャベツか。実は光井も好物だ。

 自転車には乗らず、二人は並んで歩く。
 会話は遠すぎて聞こえない。だが楽しそうだ。ターゲットが珍しく笑っている様子も見受けられる。
 大変だ。クールで物静かな曾岡君が女子児童と談笑だなんて、クラスの女子が聞いたら金きり声をあげるだろう。
 ひそかにターゲットは人気がある。……おそらく光井よりも。

 なんとなく恨めしくなって睨む。すると恐るべきことに、ターゲットが振り返った!
 隠れる暇もなかった。
 電信柱にしがみついた光井は固まり、ターゲット・曾岡は口をあけて固まっている。
「ヨウちゃんのお友だち?」
 少女が言った。
「それとも、ヒロのライバル?」
 なんだライバルって。

 諦めて光井は曾岡に近づき、「よう」と片手を挙げてわざとらしくあいさつした。おそらく曾岡は『だからなんだ』と思っただろう。
「今、帰り?」
「あぁ」
「ヨウちゃん、だぁれ?」
「クラスメイト」
「ふーん。それだけ?」
「それだけ」
 少女が光井を見上げてくる。
 つぶらな瞳が愛らしい。なんとなく口元が曾岡に似ている。

 ま、まさか、隠し子!?

「そ、そ、ソーカ。あの、こ、この子は?」
「姪」
「めい?」
「姉貴の子」
 あぁ、お姉さまの。
 とても安心したよ曾岡君。

「ヒロ子です」
「あ、ご丁寧にどうも。光井です」
「ヨウちゃんのいいなずけです」
「あ、ご丁寧にどう………………………………も?」
 いいなずけ?
「ヒロ。それは人前じゃ言わない約束だろう?」
 否定してくれ曾岡。
「光井、気にするなよ」
「え、う、あ、あぁ」
 隠し子のほうがまだ救いようがあったかもしれない。

「おまえの家、こっちだっけ?」
「あ……イイエ、チガイマス」
「迷子、なわけないよな。このへん、遊ぶところもないし」
 静かな住宅街だね曾岡君。
「あ!」
「え?」
「ロールキャベツだ!」
「「は?」」
 二人の声がハモる。

「ヨウちゃんのロールキャベツを狙ってんだよ。今日はママが遅いから、ママの分を食べちゃうんだ!」
 少女に睨まれる。
「ヨウちゃんのロールキャベツはヒロのなんだから! ヨウちゃんはヒロのために作ってくれるんだからね!」
「あ…………は、はい」
 女子児童に迫力負けした男子高校生。

「ヒロ、静かに。光井、悪い。気にしないでくれ」
「あ、あぁ。───おまえ、ロールキャベツとか作るんだ」
「え? あぁ。作るよ。くるくる巻いて煮込むだけだし」
 そんなに簡単ならなぜうちのママンは作ってくれないのかな曾岡君。

「いいな、ロールキャベツ」
 つい、ポロリとこぼしてしまう。
「やっぱり! ヨウちゃん逃げよう!」
 少女は曾岡の腕を掴んで走り出そうとする。しかし曾岡は少女の手を掴み返し、買い物袋の中からお菓子の袋をひとつ取り出した。
「ヒロ、これもって、サカキさんちに行っててくれるか?」
「ロールキャベツ!」
「ヒロが帰る頃にはできてるよ」
 少女はしぶしぶ去った。

「さっきの、許婚発言だけど」
「ん? うん。気にするな。趣味は人それぞれだ。まだ実害がないなら少年Aにもならない」
「いや、そうじゃなくて。姉貴が変なこと吹き込んでそうなってるだけだから」
「そうか。うん。そういうことになってるんだな。わかった、ソーカ。オレは友情に厚い。だから絶対にばらさないぞ、おまえがロリコンだなんて」
「……………………………………………………。そうか」
 長い沈黙だったね曾岡君。違うなら違うと言えばいいのに。

 もしかすると曾岡は、無口とか口数が少ないとかそういうのではなくて、反論したり抗議するのが苦手なのかもしれない。
 そう思うと、ちょっとかわいいヤツだと思ってしまった。

「よし、口止め料はロールキャベツだ」
「え? うちの?」
「ロールキャベツなんだろ、晩飯? オレロールキャベツ大好きだから安心しろ」
「味の保障はしない」
「小学生が食えてオレに食えないことはない」

 光井は自転車から買い物袋を奪い、変わりに自分のかばんを籠に詰める。
「後学のために、ロールキャベツの作り方、教えてくれよ」
 曾岡は困ったような首をかしげ、「あぁ」とやっぱりうなずいた。

 やっぱり曾岡は、抵抗できない人間なのだ。
 これはまずい。本当に小学生に押し切られてしまいそうだ。年下のカカア天下なんてかわいそう過ぎる。

 やはり歳下の許婚から解放してやるべきだろう。婚約をしているわけではないから被害届を出される心配もない。
 それから、やはり同じ歳の彼女を見つけてやって、いろいろと相談に乗っているうちに友情は固くなっていくはずだ。結婚式のスピーチにはまず自分が呼ばれるだろう。

 よし、と光井はこぶしを握る。
 プチ・ジャ○アン光井は今から、曾岡の親友になることにした。

 勝手に。