「アリー。ちょっといいか?」
 師匠は大きな体を柱に隠してアルパスを手招きした。
 無駄な努力だった。体の中心部しか隠れていない。
 その行動も無意味だ。

「何でしょうか?」
「おまえ、あいつとどれくらい仲がいい?」
 あいつとは、アルパスの相棒のことだ。
「どれくらいというと?」
「おまえがいなくなって、あいつがまた台風の目になるようなことはあると思うか?」
 アルパスは首をかしげた。


 仲のよかった先輩が卒業し、とても悲しんだ相棒セサスは事あるごとに嵐を巻き起こした。被害となったものは花瓶に始まり、乳牛一頭が一番の痛手だっただろう。見事なくらい潔く先輩のかつらとともに吹き飛ばされていった。

 押さえ役のアルパスは休日であろうが授業中であろうが呼びつけられ、引っ掻き回された。それもしばらくの我慢の末、平穏を手に入れた。

 それから数年。


「ないとは言い切れませんが、セサスももう子どもではありません。制御するでしょう」
 十一歳のやせっぽちな少年も、いつしかアルパスに追いつくほどの背丈になった。
「問題は、朝です」
 師匠は唸った。

 アルパスの相棒セサスは元気溌剌お祭り男。
 しかし朝が弱い。とても弱い。毎朝アルパスが布団を剥ぎ取り、寝台から蹴り落としてやっと起きるくらいに弱い。
 おかげで早朝開始の試験には五回も遅刻し、落第してきた。六回目にはなんとか間に合ったが、それも昼から夕方に睡眠をとらせ、夜を貫徹させただけ。

「大問題だ。おまえがいなくなったら、誰がヤツを起こすんだ!?」
「わたしに言われても困ります。……いなくなる? わたしが、ですか?」
「うちと西の帝国との協定は知っているな?」
 西の帝国は周囲をさまざまな敵に囲まれた国だ。敵国が南北、東は海賊。
 そのため、アルパスの在籍する学院の運営者側と手を結んでいる。有事の時にはもちろん、常から優秀な卒業生が派遣されている。

「とある方から、若い者を早く育てろと突っつかれてな。アリー、おまえ行ってみないか?」
「わたしがですか?」
「とりあえずは補佐につけ。半年以内にもう一人送る。そいつと共同戦線だ」
「わたしが、ですか?」
「おまえがだ、アリー。おまえは俺のところでは優秀なほうだ。俺の師匠とも話したが、一人目はおまえにしたいと言われた」

 どうだ、と師匠はアルパスの肩に手を置く。
「行ってみないか?
 心配するな。最低でも一年は補佐だ。東隣にはイバ導師がいらっしゃるし、北にはギー導師がいて相談相手には事欠かん」
 ギー導師は知っている。超問題児だ。修業生時代から今までにかけて起こした問題はスバ抜けて多い。
 しかし、功績も大きい。
「イバ導師?」
「もともと本部にいらした方だ。大先輩だぞ」

 少しだけ考えさせてください、とアルパスは返事をした。



「セサ。わたしがいなくなったらどうする?」
「追いかける」
 セサスの言葉はいつも簡潔。どんなことも難しくは考えたりしない。思ったことを、自分の言葉でストレートに伝えようとする。
「西の帝国に、行くかもしれない」
「そっか」
 セサスは寂しそうな顔をして、でも笑う。
「おまえ、頭いいもんな」
 違う、とアルパスは言えなかった。

 頭がいいんじゃなくて、優等生を気取っているだけ。失敗して周りを失望させるより、努力してすべてを精巧に積み上げているだけ。
 もし本当にアルパスが利巧なら、自分自身を追い詰めたりしないだろう。

「もう、嵐なんて起こすなよ」
「努力するよ。───でも」
「ん?」
「ときどき、声が聞きたい」
 セサスの言葉に飾りはない。だからこそ本心が見える。
「連絡、してもいいか?」


 アルパスは優等生で、でもまだ相棒と離れるくらいなら出世の道を蹴るなんて、軽はずみなことをしてのけるくらいの無謀さは持ち合わせている。
 アルパスは従順で、でも自分の気持ちを押し殺せるほど見切りは良くない。

 仕事人間の父は娘を五番目以内には愛してくれているだろう。義母や義兄はどこにいても元気でいるならいいというだろう。
 アルパスの夢が叶おうが叶うまいが、『良い』というだろう。


 しかし相棒は、アルパスが上に登りつめることを心から喜んでくれる。
 そばにいても離れていても、夢を諦めたアルパスを叱るのは相棒だけだ。


「次だ。次の試験には絶対に受かれ。半年以内にわたしに追いつけ」
「うん」
「でないと、相棒は解消だ」
「うん。わかった」



 父にわがままを言ったのはいつのことか覚えていない。夢を語った記憶がない。
 一晩中、語り明かした友を得て、アルパスは知ったことがある。

 友は作るものではなく。
 友は支えるものではなく。

 友とは。

 支えられていることに気づいた瞬間、得たと感じることのできるものだ。



 半年後、南の国で役目に励むアルパスに、同僚ができた。
 いたずら好きな少年がそのまま大きくなったような彼は、アルパスを見て笑った。
「よう、アリー。
 お待たせ!」
 アルパスは心から、相棒を歓迎した。