「あ、じゅん子先輩だ」
「え!?」
 すばやく反応したのは例のごとく根木山中だった。

「お、ほんとだ。愛しのじゅん子先輩じゃないか、ネギ」
「なっ!?」

「あぁ。かわいいなぁ、じゅん子先輩」
「うっ!」

 友人たちの言葉の一つ一つに反応する根木山中を観察するのは楽しいと、園岡は思う。

 先輩を目ざとく見つけた光井がわざとらしく聞こえるように呟いた言葉に動揺し。
 本人的には隠しているつもりの恋慕をさらりと暴露する根津野の言葉に動揺し。
 素直な感想を述べる根元のセリフには大いに動揺し。

 見ていて楽しいヤツだ。

 早速、根木山中は根津野の襟首を掴み、『なんでおまえが知ってるんだ』的な会話をこそこそと交わす。しかし身長一九二センチの根木山中がこそこそしようとしても丸見えだ。
 飯塚と光井なら何とかなるだろうけれど。



「そういえば、じゅん子先輩、留学するって聞いたか?」
「なに!?」
 こそこそしていたはずの根木山中が舞い戻ってくる。さすがだ。
「本当か?」
「いや、ウワサ。三学期から行って、三年の夏に戻ってくるって話」
「それは具体的なウワサだな」
 飯塚のメガネが光った。

「でも短くね?」
「交換留学ってもっと長いだろ? 一年とか」
「いまから行けば、夏に戻ってきても一年くらいになるけどな」
「あれ? でもあれって、一年で試験受けて、二年のとき行って、三年のとき戻ってくるんだろ? フツー」
「断ったんじゃないのか? いまごろそんな話」

 散々に適当な話をするが、根木山中だけは眉間にしわを寄せて独り考え込んでいる。
 どうするんだろう、と園岡は心配になった。

 じゅん子先輩は頭がよくてかわいいが、少々抜けている。頭の栄養が長い髪に奪い取られたような感じだ。
 周囲には根木山中の片思いがひしひしと伝わるのに、じゅん子先輩はまったくもって気づいていない。素晴らしいくらい彼女は鈍感で、三年生に好きな人がいるらしい。

「ネギ?」
 大丈夫か、と声をかけようとした園岡の声を聞く間もなく、根木山中は素晴らしいコンパスでじゅん子先輩に接近する。まるで突撃隊のように。

「先輩!」
「あ、ネギ君」
 じゅん子先輩はかわいい後輩の登場を笑顔で迎えた。
「せ、先輩は、留学するんですか?」

 漢だ。

 園岡は感動した。
 たとえ些細なウワサだろうと、本人にすぐさま確認を取る。もしかすると本当かもしれないのに、恐れもせずに突撃する。
 あまりのカッコよさに、園岡は目が潤んだ。

 友人一同が見守るなか、じゅん子先輩は赤い唇をきゅっ、と噛んだ。
 もしや……マジですか?

 ばちん、と乾いた音。
「もうっ! ネギ君のバカ!」
 身長さのせいで頬ではなく首を引っ叩かれた根木は呆然と先輩を見下ろす。
「ちょっといい間違えただけでしょ!」
「は?」
「あたしは遊学してみたいって言いたかったのに。もう! ちょっと間違えただけじゃない!!」

 遊学。
 留学。
 あ、似てる。
 友人一同は思った。

 じゅん子先輩は頬をぷっくり膨らませ、真っ赤な顔を根木山中からそらして歩き出した。
 呆然と見送る根木山中はどうするのかと、友人一同は思う。
 最初にじゅん子先輩を見つけた光井は楽しそうな顔。留学の噂を持ち出した根津野は心配げな顔を表に出すまいと夕日を見つめ、心配性の根元は本人でもないのに汗をかいている。

 と、根木山中が動きだす。
「先輩!」
 小さな歩幅のじゅん子先輩にあっという間に追いつき、
「すいません、先輩。オレ、勘違いして!」
 小さな先輩に向かって滝のように謝りだす。それでもじゅん子先輩のほほは膨らんでいて、根木山中の謝罪攻撃は続く。

 それは友人たちの視界の限界を超えても続けられたようだ。
 道往く人たちはきっと驚いて道を明けてくれただろう。

 すごい、と園岡は感動した。
 衆人関心のなかで年上と言えど女生徒に頭を下げ、大声で謝罪する根木山中。
 漢だ。
 素晴らしい。

 園岡の頬を涙がぬらした。



「ん? またチーが泣いてる」
「今度はなんだ?」
「さぁ。そっとしといてやれ」
 謝罪攻撃が見えなくなって興味が失せた友人たちは、さらりとした表情でゲームセンターに向かった。