「バル」
 振り返ったとたん、体がふわりと浮き上がる。右肩から右腕にかけて衝撃を感じ、従兄の姿を認めてやっと、殴られた痛みを感じる。
「バル、立てこのバカ」
「…………」
「リリーに謝りにいこう」
「イヤだ」
「バカ。おまえ、聞いてなかったのか?」
「……何を?」
 従兄は眉間にしわを寄せた。

 従兄はバルの目の前に座り、頭をガシガシとかいた。
「なんで、リリーが長候補なのかわかるか?」
「しらない」
「話ぜんぜん聞いてないな、おまえ」
 何のことなのか、まったくわからなかった。

「リリーはさ、命令系なんだよ」
「……?」
「だからな、里の長は代々、自分の戦士を選ぶだろう? それくらい知ってるよな?
 名前を呼んで、おまえを戦士にするって宣誓するんだよ。長ってのは、そのために、特別な〈声〉を持ってなくちゃならないんだ。

 で、リリーも長になるんなら、戦士を選ばなきゃならないんだよ。もちろん特別な〈声〉も持ってる。だから長候補なんだ。
 名前を呼んで命令すれば、命令されたやつは、自分の意思なんて関係なく動くんだ。
 だからリリーは愛称でしか呼ばないんだ。あいつは長になんてなりたくないから」

 聞いたことがあるような気がする、とバルは思った。
 里に連れてこられた日、長に目通り、目付け役からいろんな注意事項を聞かされたような気がする。そのなかに、そんなこともあったような気がする。
 父に置いていかれたことが衝撃的で、呆然としていて聞き流していた。

「リリーに名前を呼べって言うことは、自分を呼ぶなって言うことと同じなんだからな。
 おまえがあいつの戦士になりたいっていうならいいけど、そうじゃないんなら、あいつに謝れ」
 従兄はバルを睨む。

「……だって」
「だって、なんだよ」
「無くしてしまう」
「何を?」
「名前を。……父さん、を」



 父が付けてくれた名前。母と同じ名前。
 永遠に別れてしまった二人との最後のつながり。それを失えば、本当に独りになってしまう。
 いつも、どこに行くにも一緒だった父と。一度も会ったことのない母と。

───永遠の別れなんて、耐えられない。



「な……泣くなよ! 泣くことじゃないだろ!?」
 バルはいつのまにか泣いていたらしい。頬を撫でてみて、初めて気づいた。
「だって……」
 独りは怖い。

「わかったよ。じゃぁ、俺が呼んでやるから。
 いいか? リリーにはおまえからちゃんと理由を言えよ。でないと俺が恨まれるんだからな。いいな?」
「……本当に?」
「呼べばいいんだろう?」
「……うん」
「ちゃんとリリーに言えよ」
「うん……」
「わかったな?」
「…………」

「バルフィリア?」

 父がつけた名前。
 母と同じ名前。
 二人との最後のつながり。

「約束だからな」
 従兄は少しだけ恥ずかしそうに頬を染め、バルフィリアに手を伸ばした。
 バルフィリアは従兄の手をとり、二人で立ち上がる。

「……約束?」
「約束だ、バルフィリア」
「うん。約束だ。

 ……ジルクォーゼ」