彼女はリリー。
 彼はジル。
 自分は?



「バル!」
 少女が駆けてくる。
「待って! ねぇ、魚をとりにいこう!」
 美しい銀色の髪。陽射しを浴びてきらきらと輝く。
 雲ひとつない晴天の瞳。
 頬にはかすり傷。それでも彼女は愛らしい。

 少女リリーはバルの腕を掴み、走り出す。
 行く先に川が見えるころ、もう一人の従兄姉の姿があった。彼がジル。
 漆黒の髪。
 赤みを帯びた黒い瞳。
 すらりと長い手足と、大人びた笑顔。



 リリーとジルの従兄妹たちに、バルと呼ばれる少年が混じったのはつい先日。
『ここにいろ』
 それだけを言って父は少年を置き去った。
 迎えにくるとか、待っていろとか、一言もなく。永遠の別れはすまされた。

 従兄姉たちに会った日、彼は名前を貰った。
 バル。
 父が呼んでいた名前は二人の口には長すぎた。だから『バル』と呼ばれるようになった。少年は嫌もなくそう呼ばれるようになった。



「バル、どうしたの?」
 川向こうの斜面の上を、数人の人影が歩いていた。
「あ、まただ」
「多いね、最近」
 侵入者。
 たとえ里のものであろうと、外から入るときは許可がいる。でなければ侵入者として捕らえられる。
 捕らえられたものがどうなるのか、まだ子どもたちは知らない。

「おまえも気をつけろよ、いちおう」
「いちおうってなによ! あたしは長候補よ!」
「ゲー。長になんてなりたくないってゴネてるくせに」
「だって、ヤなんだもん。あたしはソールグになりたいのっ」
 ムリムリ、と従兄は手を振る。
「おまえが外に出れるわけないよ。でたとたんに迷子になるさ」
「うるさいわね!」
 従姉は顔を真っ赤にして怒鳴った。川の水をすくって、従兄にかける。
「うわ! つめてっ」
「カゼ引いて寝込んじゃえ!」

 水の掛け合いをする従兄姉たちを尻目に、バルは人影が見えなくなるまで追いつづけた。
 外は今どうなっているんだろう。
 お父さんは今、どこにいるんだろう。



「バル、起きてる?」
 眠らない月を見上げていると、従姉が扉を叩いた。
「一緒に寝ていい?」
 言いつつ、すでに寝台に乗り上げる。
「きれいな月ね。明日も晴れそう。ね、バル」
「……うん」
「明日は野イチゴを採りに行こうよ。ジルが花が咲いてるとこを見つけてたんだ」
「……うん」
「たくさんあったら、持って帰って、お菓子を作ってもらおうね」
「……うん」

「ねぇ、バル」
「うん?」
「バルって、呼ばれるの嫌いなの」
「…………」

 夜闇色の瞳。
 深く、吸い込まれて落ちていく錯覚。
 父と同じ色。
 少年を置き去っていった父と。

「キライ」