しばらく歩くと少年は立ち止まり、一本の木を見上げた。アルパスも習って見上げると、小さな蠢く塊を見つけた。
「あれが?」
「リス、かな……」
 少年は木の幹をぐるりと眺め、手のひらを押し付けた。目を閉じてしばらくじっとしていると、いきなり登りはじめる。

「気をつけて」
 少年はゆっくりと木を昇り、リスのもとにたどり着いた。降りる時はもっと慎重で、最後はアルパスも手を貸した。
 問題のリスは少年のフードの中にいて、後ろ足から血を流しながら歯をむき出していた。逃げ出す力はもうなかった。
「危ないな」
「手当て、しないと」
 少年は泣いていた。
「助けないと」

 この子は弱すぎる、と思った。
 同時に、行動力があることを知って驚いた。アルパスが行こうとしなくても、少年は一人でリスを助けに森に入っただろう。

「ラスア……」
 初めて、アルパスは少年の名前を呼んだ。
「人間の手当てをしても、この子はもう助からない」
「手当てを……」
「できるなら、使い魔にしてあげなさい」
「……え?」

「使い魔はいる?」
「い、いいえ。まだ……ぼ、僕は、まだ修行中で……」
「同じく修行中のわたしには使い魔がいる。だったら君にいてもいいだろう?」
「でも……僕は、まだぜんぜん、資格なんかもなくて……」
「わたしは自分が魔法使いの素質があるとも知らずに使い魔を得た」
「え」
「そういう意味なら、君のほうが資格がある」



 少年はアルパスをじっと見上げた。その瞳の薄い青色がとてもキレイなことをアルパスは初めて知った。
 抱いたリスを見下ろして、おもむろに少年は手のひらをリスにかざした。

 魔導師に師事して最初に教わることのなかに、使い魔の得方がある。
 彼は完璧に覚えていて、完璧にこなした。
 一語一句間違わず。
 神聖な声音で使い魔を得た。

 生死をともにする使い魔は死の道を引き返し、十日ほどで快癒した。



「あの……」
 ある日の午後、少年から初めて声をかけられた。
「あの、あ、ありがとうございます。助けて、いただいて」
「わたしは、君に着いて行っただけだよ」
「でも、僕は、つ、使い魔にしようなんて、考えませんでした。僕は、何をしても、中途半端で、し、師匠も……」
 少年は最後まで言わなかった。アルパスは聞いているので訊ねなかった。
 彼がすでに五人もの師匠を渡り歩いてきたことを。それでいながら未だに資格のひとつも得ていないことを。

「君は、行動力と忍耐力には優れていると思う。どんな小さなものでも見捨てておけない、優しい感情も持ち合わせている」
「…………僕は、つ……強く、なりたいんです! もう二度と彼女をっ……き、傷つけたく、ない、から……───」
 アルパスは微笑んだ。
「君のその気持ちがなくならないかぎり、君はどこまでも強くなれると、わたしは思う。
 技術ではなく、心が」

 少年は少し釣りあがった目をまん丸にして首をかしげ、アルパスを見上げた。
 その肩に乗るリスが首をかしげる。
 あまりに愛らしい主従。

 アルパスは大きな笑い声を上げた。
 笑いすぎて、少年の口元が緩んで笑みになったことに、残念ながら気づかなかった。