その子どもは小さくて、陰気だった。
歳は出会った頃の相棒と同じくらい。でもあの溌剌とした生気は感じられない。
うつむいて、背の高い導師の後ろに隠れていた。
「ラスアだ。よくしてやってくれ」
導師が少年の肩を叩くと、少年はびくりと肩を震わせて、小さく何か言った。おそらく、よろしくとか始めましてとかそのあたりだろう。
「どう思う?」
先輩が尋ねた。
「持つと思うか?」
「……無理だと思います。長くて十日くらいじゃないでしょうか」
「甘いな。オレは三日とみた」
胸をはって言うことではなかった。
剣技を担当する導師の授業は厳しいことで有名で、中途半端な気持ちで受けることはできない。
最低でも三十人は受け持つ腕前を持つのに、この導師のもとには常に十人前後しか生徒が集まらない。特定の弟子以外に講義をする導師のなかでは最低数だった。
少年と話す機会はなかった。アルパスは長身で、少年の相手には向かない。歳も背丈も近い少年たちに混じって、彼は黙々と課題をこなした。
恐るべきことにその少年たちが音を上げても、彼は音を上げずに半年が経った。導師がその彼に対して特別待遇をしたわけではないことは、アルパスたちもわかっていた。
打たれても泣かず、転んでも立ち上がり、翌日は時間前に準備を終える───特別優れているわけではない。ただ淡々と打ち合い、走りこみ、着実に技術を身に着けていった。
「おい、アリー」
先輩があごで示した先に、あの少年と見知らぬ少女がいた。
「知ってるか?」
「何をですか?」
「あの女の子だよ。『銀の召喚士』って聞いたことないか? あの子がそうだよ」
アルパスは少女をまじまじと見つめた。
入学から四期目にして『士』を取得した天才。
美しい銀髪の少女だとだけ聞いていた。たしかに遠目でもその銀色の髪が眩しい。
「本当にあの子ですか? ラスアと変わらない歳に見えますけど」
「いやー。案外ババアかもしれないぞ。
にしたって、妙な組み合わせだな。無口なラスアと銀の召喚士。あいつ、惨めな気持ちとか持ち合わせてないのかね」
二人は何か話しているようだ。
ラスアはアルパスたちに背を向けているので表情はわからないが、少女が笑うたびに少年の肩も揺れたので、もしかすると笑っているのかもしれない。
あの無口な少年が。
見てみたい、とアルパスは思った。
その日の少年は不調だった。導師もことごとく叱り、特別に課題を増やした。
「あ……」
声に気づいて振り返ると、少年がいた。
「どうした?」
アルパスが声をかけると、少年はまだそこに人がいたことに初めて気づいたと言うような驚きの顔をした。
「……あ、あの……声が…………」
「声? また迷子か」
学院の敷地は驚くほど広い。その半分を森が占めているため、不案内な新人が毎年必ず迷子になる。もちろん、アルパスの相棒もその一人だった。
「誰か呼んで」
「あ! あの、ち、ちち違うんです!」
掛け声以外で少年の大きな声を初めて聞いた。
「…………」
「あ、ご、ごごめんなさい。あの、でも、違うんです。人じゃないんです」
「鳥の声?」
「い、いいえ。あの……わかりません。でも、痛がってる、声、が……き、聞こえ───」
少年の声は小さくなっていって、最後は聞こえなかった。でも凡そはわかる。
森に入ろうとした少年の腕を取る。
「どっち?」
「あ、え?」
「案内して。そんなに遠くはないのなら」
はい、と小さな声が返った。
少年はときおり、確かめるように木肌に手を当てた。ときおり振り返り、アルパスの顔を見て慌てて前を向く。
軽い会話でもして気持ちをほぐすべきなのかもしれないが、アルパスには少年の行動が気になって話す余裕はなかった。
アルパスには少年の言う声が聞こえない。鳥の声、虫の羽音、風が木の葉をくすぐる音くらいしかわからない。
「〈耳〉の導師にも師事しているのか?」
「は……はい」
それなら納得がいく。
歳は出会った頃の相棒と同じくらい。でもあの溌剌とした生気は感じられない。
うつむいて、背の高い導師の後ろに隠れていた。
「ラスアだ。よくしてやってくれ」
導師が少年の肩を叩くと、少年はびくりと肩を震わせて、小さく何か言った。おそらく、よろしくとか始めましてとかそのあたりだろう。
「どう思う?」
先輩が尋ねた。
「持つと思うか?」
「……無理だと思います。長くて十日くらいじゃないでしょうか」
「甘いな。オレは三日とみた」
胸をはって言うことではなかった。
剣技を担当する導師の授業は厳しいことで有名で、中途半端な気持ちで受けることはできない。
最低でも三十人は受け持つ腕前を持つのに、この導師のもとには常に十人前後しか生徒が集まらない。特定の弟子以外に講義をする導師のなかでは最低数だった。
少年と話す機会はなかった。アルパスは長身で、少年の相手には向かない。歳も背丈も近い少年たちに混じって、彼は黙々と課題をこなした。
恐るべきことにその少年たちが音を上げても、彼は音を上げずに半年が経った。導師がその彼に対して特別待遇をしたわけではないことは、アルパスたちもわかっていた。
打たれても泣かず、転んでも立ち上がり、翌日は時間前に準備を終える───特別優れているわけではない。ただ淡々と打ち合い、走りこみ、着実に技術を身に着けていった。
「おい、アリー」
先輩があごで示した先に、あの少年と見知らぬ少女がいた。
「知ってるか?」
「何をですか?」
「あの女の子だよ。『銀の召喚士』って聞いたことないか? あの子がそうだよ」
アルパスは少女をまじまじと見つめた。
入学から四期目にして『士』を取得した天才。
美しい銀髪の少女だとだけ聞いていた。たしかに遠目でもその銀色の髪が眩しい。
「本当にあの子ですか? ラスアと変わらない歳に見えますけど」
「いやー。案外ババアかもしれないぞ。
にしたって、妙な組み合わせだな。無口なラスアと銀の召喚士。あいつ、惨めな気持ちとか持ち合わせてないのかね」
二人は何か話しているようだ。
ラスアはアルパスたちに背を向けているので表情はわからないが、少女が笑うたびに少年の肩も揺れたので、もしかすると笑っているのかもしれない。
あの無口な少年が。
見てみたい、とアルパスは思った。
その日の少年は不調だった。導師もことごとく叱り、特別に課題を増やした。
「あ……」
声に気づいて振り返ると、少年がいた。
「どうした?」
アルパスが声をかけると、少年はまだそこに人がいたことに初めて気づいたと言うような驚きの顔をした。
「……あ、あの……声が…………」
「声? また迷子か」
学院の敷地は驚くほど広い。その半分を森が占めているため、不案内な新人が毎年必ず迷子になる。もちろん、アルパスの相棒もその一人だった。
「誰か呼んで」
「あ! あの、ち、ちち違うんです!」
掛け声以外で少年の大きな声を初めて聞いた。
「…………」
「あ、ご、ごごめんなさい。あの、でも、違うんです。人じゃないんです」
「鳥の声?」
「い、いいえ。あの……わかりません。でも、痛がってる、声、が……き、聞こえ───」
少年の声は小さくなっていって、最後は聞こえなかった。でも凡そはわかる。
森に入ろうとした少年の腕を取る。
「どっち?」
「あ、え?」
「案内して。そんなに遠くはないのなら」
はい、と小さな声が返った。
少年はときおり、確かめるように木肌に手を当てた。ときおり振り返り、アルパスの顔を見て慌てて前を向く。
軽い会話でもして気持ちをほぐすべきなのかもしれないが、アルパスには少年の行動が気になって話す余裕はなかった。
アルパスには少年の言う声が聞こえない。鳥の声、虫の羽音、風が木の葉をくすぐる音くらいしかわからない。
「〈耳〉の導師にも師事しているのか?」
「は……はい」
それなら納得がいく。