「あ、マコ……さん」
呼び声に気づいて振り返る。
いまどき珍しい黒髪の高校生。
いまどき珍しく手をつないで通学。相手は小学生。彼の姪。
「あら、陽ちゃん。久しぶりね」
「おはようございます」
彼は高校生にしてはわきまえている。夕方だろうが今から始業するものにとっては「おはよう」なのだ。
「おはよう。ヒロちゃんもおはよう。今日のピン、ウサギさんね」
「かわいいでしょ!」
早々に結婚し、早々に離婚し、早々に職場復帰した友人の子は、送り迎えしてくれるものが若い叔父であろうと不思議に思わないらしい。高校生と小学生では兄妹に見えることにも気づいていないだろう。
とてもかわいらしい。
ぎゅっと抱きしめたくなる。
「さんじゅっぷんね!」
友人の子は嬉々として公園のブランコを漕ぎ出す。
彼女は乗り物が大好きだ。小さい頃は真子が贈った幼児用の車が特にお気に入りだったらしい。
陽太郎はベンチに座ってボーっと姪を眺めている。
十七歳で子育ては大変だろう。真子にはまだ経験がないが、育児ノイローゼ気味だった友人の苦痛メールには同情したことが何度もある。
「一緒には遊ばないのね」
「ヒロはブランコに乗ってればいいので」
「陽ちゃんは見てるだけ?」
「……俺がブランコに乗るんですか?」
彼の真剣な表情に笑いを覚える。
「仲、いいのね」
「懐いてます」
「陽ちゃんがいてくれるから、陽子も安心して仕事できるわね」
「酔っ払いの午前様は止めてほしいですけど」
友人は酒好きだ。
「あ。結婚、おめでとうございます」
「あら。ありがとう。でも気は使わないで。形だけよ」
と言いつつも、二人で選んだ結婚指輪は気に入っている。仕事のときには外さなければならないけれど。
「手、つないで歩くのね」
「危ないので。
まえに、自転車通学の中学生とぶつかりそうになったんです。ケガはなかったけど、次は大丈夫なんて保障はないので」
高校生にしてはしっかりしている。未来予想図なんて描けそうだ。
口では心配しつつもやはり恥ずかしいのか、陽太郎は紅くなる。手をつないで通学するなんて、実の兄妹でも高校生なら恥ずかしくてできないだろう。
日が長くなった。ひと月前ならもう薄暗くなっていた時間なのに、まだ明るい。
「あの……」
「なに?」
「ありがとうざいます」
「何が?」
「あのとき、手、つないでてくれて。姉貴から聞きました。……いまさらですけど、お礼、言ってなかったので」
「──────」
「学校、行ってます」
学校どころか家から出ることができなかった頃。
電話にも出ないから様子をみてきてほしいと、海外出張中の友人から電話があった。
男の子なんだから、なんて気軽に思ってケーキを五個も買って行った。学校帰りに友だちと遊びに行けば帰りは遅くなるのが当然で、父親と二人暮しなら夕食も外で済ませてなかなか家にいないだろうと。
気軽にインターホンを押した。
コトリともしない。
でも鍵はかかっていなくて。
恐る恐る覗いた玄関に。
金髪の中学生が倒れていた。
救急車が到着する前から手術室に入る直前まで、固く強張った手を握りしめて爪痕を残した。恋人以外で爪痕を残したのは彼が初めてで、あれから長く伸ばせずにいる。
「マコさん」
「……なに?」
「マコさんの手、あったかいんですね」
「………………」
「ずっと、握っててくれたんですね」
薬指のリングが熱い。
今、自分が別の恋をしていることを少しだけ後悔した。
呼び声に気づいて振り返る。
いまどき珍しい黒髪の高校生。
いまどき珍しく手をつないで通学。相手は小学生。彼の姪。
「あら、陽ちゃん。久しぶりね」
「おはようございます」
彼は高校生にしてはわきまえている。夕方だろうが今から始業するものにとっては「おはよう」なのだ。
「おはよう。ヒロちゃんもおはよう。今日のピン、ウサギさんね」
「かわいいでしょ!」
早々に結婚し、早々に離婚し、早々に職場復帰した友人の子は、送り迎えしてくれるものが若い叔父であろうと不思議に思わないらしい。高校生と小学生では兄妹に見えることにも気づいていないだろう。
とてもかわいらしい。
ぎゅっと抱きしめたくなる。
「さんじゅっぷんね!」
友人の子は嬉々として公園のブランコを漕ぎ出す。
彼女は乗り物が大好きだ。小さい頃は真子が贈った幼児用の車が特にお気に入りだったらしい。
陽太郎はベンチに座ってボーっと姪を眺めている。
十七歳で子育ては大変だろう。真子にはまだ経験がないが、育児ノイローゼ気味だった友人の苦痛メールには同情したことが何度もある。
「一緒には遊ばないのね」
「ヒロはブランコに乗ってればいいので」
「陽ちゃんは見てるだけ?」
「……俺がブランコに乗るんですか?」
彼の真剣な表情に笑いを覚える。
「仲、いいのね」
「懐いてます」
「陽ちゃんがいてくれるから、陽子も安心して仕事できるわね」
「酔っ払いの午前様は止めてほしいですけど」
友人は酒好きだ。
「あ。結婚、おめでとうございます」
「あら。ありがとう。でも気は使わないで。形だけよ」
と言いつつも、二人で選んだ結婚指輪は気に入っている。仕事のときには外さなければならないけれど。
「手、つないで歩くのね」
「危ないので。
まえに、自転車通学の中学生とぶつかりそうになったんです。ケガはなかったけど、次は大丈夫なんて保障はないので」
高校生にしてはしっかりしている。未来予想図なんて描けそうだ。
口では心配しつつもやはり恥ずかしいのか、陽太郎は紅くなる。手をつないで通学するなんて、実の兄妹でも高校生なら恥ずかしくてできないだろう。
日が長くなった。ひと月前ならもう薄暗くなっていた時間なのに、まだ明るい。
「あの……」
「なに?」
「ありがとうざいます」
「何が?」
「あのとき、手、つないでてくれて。姉貴から聞きました。……いまさらですけど、お礼、言ってなかったので」
「──────」
「学校、行ってます」
学校どころか家から出ることができなかった頃。
電話にも出ないから様子をみてきてほしいと、海外出張中の友人から電話があった。
男の子なんだから、なんて気軽に思ってケーキを五個も買って行った。学校帰りに友だちと遊びに行けば帰りは遅くなるのが当然で、父親と二人暮しなら夕食も外で済ませてなかなか家にいないだろうと。
気軽にインターホンを押した。
コトリともしない。
でも鍵はかかっていなくて。
恐る恐る覗いた玄関に。
金髪の中学生が倒れていた。
救急車が到着する前から手術室に入る直前まで、固く強張った手を握りしめて爪痕を残した。恋人以外で爪痕を残したのは彼が初めてで、あれから長く伸ばせずにいる。
「マコさん」
「……なに?」
「マコさんの手、あったかいんですね」
「………………」
「ずっと、握っててくれたんですね」
薬指のリングが熱い。
今、自分が別の恋をしていることを少しだけ後悔した。