その日の目玉焼きがこんなことを言ってきた。
「た……食べるの?」
 目玉焼きは食べるものだ。

 朝食は炊き立ての白いご飯、味噌汁、野菜サラダ、たくあん、目玉焼き。なんの不思議がある?
「ここまで調理されて、コショウ振りかけられて、今まさに箸につままれようとしてんのに、何様?」
「玉子様」
 あ、王子様みたいね。
 じゃない。

「お願い、お願い。もう少しだけ待って。心の準備をするから」
 そんなものは養鶏場で生まれた瞬間、済ませて来い。
 武士の情けで一分くらいなら待ってやろうと思ったら。
「三十分、待って」
 待ちすぎ。冷めるし。長すぎるし。

「あたし……初めてなの。食べられるの」
 それが普通だと思う。俺様食べられるの八回目なんだよねもうなんていうかホラあれプロ? 玄人なんだよね、なんていいだす目玉焼きはいない。
 まずいない。

 問答無用で箸を向けると、目玉焼きは固焼きのくせにフルフルと黄身を震わせた。両面焼きにしてやろうか!
「お願い。待って、お願い」
 まるで三流ドラマの台詞みたいだ。あぁお代官様おやめくださいお待ちくださいお許しくださいお願いでございますぅ、みたいな。
 でも良く考えると、目玉焼きってどこに声帯があるんだろう? どこに口があるんだろう?
 永遠の謎だ。

 固焼き目玉焼きがフルフル震える。震える黄色を見つめていると、眩暈がした。
 太陽がフラダンスを踊ったら、こんなふうに目が疲れてしまうだろう。
 新たな発見。目玉焼きが震えると眩暈が起こる。
 ……くだらない。

 そらした視線の先。
 庭にピンク色がちらついた。
 フラミンゴがフラダンスでもしてるのか? いや、よく見ると、雑草の園に花が咲いていた。
 手入れを放棄されて幾年。花木と雑草の境がない庭は、庭というのか、空き地というのか。

 その緑濃い雑草の中で、フレッシュなピンク色の花をつけた低木があった。
 名前はわからない。母がいた頃に聞いたことがあるかもしれない。数年前までは覚えていたかもしれない。
 でも今は知らない。
 卵焼きの味を忘れた頃に、庭に何が植えられていたのかなんてことも一緒に忘れた。

 炊き立ての白いご飯と漬け物。
 煮干し出汁の味噌汁。
 野菜サラダと卵焼き。
 焼き鮭、あるいはシシャモ、あるいは鯖。
 ご飯と味噌汁は座ってからよそおってもらい、お茶は食後に自動的にでてくる。金魚に餌をやって。靴を履いて、かばんを持って家を出る。
 そんな日々があった。
 とても昔に。
 食器を洗うことになるなんて、思いもしなかった。

 歌声に気づいて振り返る。目玉焼きが黄身を震わせて踊っていた。
「なに? もう食っていいの?」
「いいわよ。しかたないから」
「仕方なくないだろ? 目玉焼きは食いもんだ」
「だって、卵焼きが良かったの」
「…………」
「目玉焼きはね、ぽとんとフライパンに落とされて、そのままでしょ?
 卵焼きはね、器でかき混ぜてもらってね、味付けしてね、フライパンに薄く流してね、広げて丸めるの。隅に寄せて、また少しだけ流してね、最初のに巻きつけるの。それを繰り返すの。
 そしたらね、切れ目がとてもチャーミングな渦巻きになるのよ」

 チャーミングな卵焼き。

 なんてあほらしい響き。なんて面倒な作業。
 朝のくそ忙しい時に、くるくるくるくる巻きつけ作業なんてしていられない。炊飯器のスイッチを入れて、味噌汁を作って、洗った野菜をボールに入れて、漬け物を出して、それで精一杯だ。

 出汁を取るために、前の晩に水に煮干しを浸しておくなんて。うろこが付いていないか確認するなんて。漬け物を漬けるなんて。新鮮で、どっしりと重たいキャベツがどれなのかなんて観察してる場合じゃなくて。
 そんなことをしている時間なんてないんだ。
 この朝のくそ忙しいときに。

 目玉焼きをご飯に乗せ、醤油をかけて箸でかき混ぜる。口の中にかきこんで、味噌汁で流し込む。
 十八分オーバー。
 遅刻だ。

 食器を乾燥機に放り入れ、靴を履いてかばんを持って、家を出る。
 走っていると、肘に何か当たった。昨日、ブレザーに携帯電話を入れたままだった。
 足が止まる。

 …………。
 ピ
 ピ、ピ
 ピ

 コール
 コール
 コール

「あ……」
 どうしたの?
「母さん?」
 何かあったの?
「うん。……あのさ」
 なぁに?
「卵焼き」
 え?
「今度、卵焼きの作り方、教えてよ」