イルスの動揺に、従兄は困った顔をした。
 その演技は母に教わったのだろうか。
「そんなに警戒するな。話がしたいだけだ」
「は話?」
 聞きたくない。
 が、聞かなければ終わらないだろう。
「何だ?」

 従兄は周囲をきょろきょろと見回した。
(仲間を呼んだのか!?)
 従兄は大きなため息をつき、彼らしからぬ小さな声で訊ねた。
「妹に、振られたそうだな」
 悲しいかな、イルスの元許婚はヤツの妹だった。
 彼女と結婚していれば、天敵その一を義兄と呼ばなければならない運命だったのだ。ちょっと安心した。



 従兄は落ち着きなく周囲を何度も見渡す。
 仲間はなかなか来ないようだ。来ないでいてくれるとイルスにはありがたい。

「それで?」
「…………は?」
「そのあとはどうなんだ?」
「あぁ。元気にしているようだ」
 なかなかかわいい人よ、と報告をしに来るくらいに。

「違う。お……おまえはどうなんだ?」
「わたし? どうと言うと?」
「ほかに、気に入った……女はできたのか?」
 どういう話の展開だろうか。
「いいや。これといっていない」
 真面目に答えてしまうのは性格ゆえだ。馬鹿にされたらどうしようなんて先に考えない。

 従兄は鼻で笑うかわりにため息をついた。安堵の……なぜ安堵?
 嫌な予感がする。とてつもないものが潜んでいる。
 宮廷で言えば「皇帝の影」、実家で言えば「剣の師匠」のように見た目や中身が恐ろしいものが潜んでいる。

 イルスはおもわず後退りした。すると従兄が一歩詰めてくる。
 走り出したい。今すぐ尻尾を巻いて逃げてしまいたい。
 イルスには恥や外聞よりも、本能的に身の危険回避を最優先するという能力があった。いつもこれによって助けられてきた。

「これから母のところに行くんだ。話はそれだけか?」
 天敵その一もイルスたちの母は苦手だ。
 案の定、従兄は胡瓜を丸呑みしたような顔になる。
 だが珍しくヤツは逃げ出さなかった。