式は驚くほど豪華ではなかったが、質素でもなかった。
 花嫁衣裳は慣習に従い、母が手作りした。
 母がこんなに素晴らしい衣装が縫えるなんて、イルスは生まれて初めて知った。いや、針仕事ができるなんて知らなかった。
 隣で初々しい義妹を見つめる兄と視線が合った。兄も同じことを思ったらしい。

 少しだけ母を見直した。
 お互い、口にはしなかったが。

 愛らしい花嫁は、領主夫人の手作りの衣装に歓喜し、代々娘たちに譲っていくと言った。
 指先を包帯だらけにした母は満足げに頷いた。イルスの家に来たときに手袋をはずさなかったのは、この包帯を隠すためだったらしい。
 恐らく、来た理由も、滅多にしない裁縫に鬱憤が溜まっていったのだろう。はた迷惑な母だ。

 大勢の人が二人を祝福した。
 酒が振る舞われ、子どもたちはお菓子を両手に握り締め、娘たちは花びらのように舞う。町中に飾り付けられた花は宰相からの祝いの品だ。
 イルスも幼なじみたちと肩を組んで謳い、昔話に夢中になった。話すことは尽きなくて、久しぶりの開放感を存分に味わった。



 ヤツが来たのは、明日には帰ろうという日だった。
「久しぶりだな、パーシィク」
 天敵その一は、相変わらず尊大な態度でイスルのまえに立ちふさがった。
 イルスは妹の背中を押し、先に部屋に戻るように言った。妹は二人の仲の悪さを知っているので、おとなしく従う。

 従兄はイルスの姿をつま先から頭までじっくりと眺めて鼻を鳴らした。
「あいかわらず色男だな。皇都で何人手をつけた? 数えられないくらいだろ」
「おまえには関係ない」
「関係ない?」
 ふふん、と従兄が鼻で笑う。
 その鼻息だけで世界の果てまで飛んで行け、とイルスは念じた。残念ながら魔法が使えないので叶わなかった。

「何の用だ?」
「久しぶりに会う従兄に、そりゃないだろ? 俺とも遊べよ」
 遊びではなくいじめのような気がする。いや絶対に。

 数々の思い出が浮かび上がる。あのときもそのときも、楽しんでいたのは従兄だけで、イルスは兄か弟に助けを求めるばかりだった。まだ「パーシィク」の名しかない頃は。
 だが今は違う。いくらなんでも宰相補佐に怪我を負わせるような無茶はしないだろう。

「パーシィク」
「な、なんだ!?」
 動揺して高い声が出る。
 大丈夫だと思っていても警戒心だけは忘れない。うっかり安心しようものなら、後ろ回し蹴りをお見舞いしてくるヤツなのだから。