「すこーしだけ怖かったんだ。おれはノラの世界なんて初めてだからな。
どんな世界なのか、ワクワクするのと怖いのとで、こっから動けねぇでいたんだ」
犬が笑った……ような気がする。
「おめぇのおかげだ」
「は?」
「おめぇがそばにいてくれたから、おれはおれの世界に飛び込める。
勇気が出たよ。ありがとな。
だからさ、勝太も勝太の世界に帰んな」
「俺の、世界……?」
「あるだろ? おまえの生きてきた世界。生きていく世界があるだろ?
おれはノライヌの社会に。勝太はヒトの社会に。
そこに生まれたんだから、そこで生きていくのが一番だ。ときどき外れたくもなるし、ほかの世界がうらやましくなるだろうけど、やっぱり一番は生まれた世界だな」
くりくりとした眼差しは何を見ているのだろう。
犬の目から、人間の世界はどう写っているのだろう。
人間から見た野良犬社会は、自由で過酷だと思う。
でも、人間社会も、自由で過酷だ。
生まれてくる家は選べない。
生きていく家を創ることはできる。
「……なぁ」
「うん? どうした?」
「ゲンタって、誰がつけたんだ?」
「あぁ。おまえの前に、ヒトの子どもがさ、何時間も粘ってたんだよ。親に引きずられてったけどな。そのヒトの子が付けてくれたんだ」
「……いい名前だな」
「そうだろ? 名前つきのノラだぜ」
犬が笑った。勝太も笑い返した。
一人と一匹は、言い合わせたわけでもなく視線をはずし、互いに背中を向けた。ピシャ、ピシャリという足音を背中に聞きながら歩き出す。
勝太はヒトの社会で創りだした家へ。
ゲンタは野良犬の縄張りのない自由地帯へ。
空には雨雲が広がり、視界は雨に曇っている。
それでも一人と一匹の胸には、清々とした明かりが灯っていた。
互いに、一度も振り返らずに。
互いに、小さな友情を胸にして。
弾むような足取りで歩んだ。
どんな世界なのか、ワクワクするのと怖いのとで、こっから動けねぇでいたんだ」
犬が笑った……ような気がする。
「おめぇのおかげだ」
「は?」
「おめぇがそばにいてくれたから、おれはおれの世界に飛び込める。
勇気が出たよ。ありがとな。
だからさ、勝太も勝太の世界に帰んな」
「俺の、世界……?」
「あるだろ? おまえの生きてきた世界。生きていく世界があるだろ?
おれはノライヌの社会に。勝太はヒトの社会に。
そこに生まれたんだから、そこで生きていくのが一番だ。ときどき外れたくもなるし、ほかの世界がうらやましくなるだろうけど、やっぱり一番は生まれた世界だな」
くりくりとした眼差しは何を見ているのだろう。
犬の目から、人間の世界はどう写っているのだろう。
人間から見た野良犬社会は、自由で過酷だと思う。
でも、人間社会も、自由で過酷だ。
生まれてくる家は選べない。
生きていく家を創ることはできる。
「……なぁ」
「うん? どうした?」
「ゲンタって、誰がつけたんだ?」
「あぁ。おまえの前に、ヒトの子どもがさ、何時間も粘ってたんだよ。親に引きずられてったけどな。そのヒトの子が付けてくれたんだ」
「……いい名前だな」
「そうだろ? 名前つきのノラだぜ」
犬が笑った。勝太も笑い返した。
一人と一匹は、言い合わせたわけでもなく視線をはずし、互いに背中を向けた。ピシャ、ピシャリという足音を背中に聞きながら歩き出す。
勝太はヒトの社会で創りだした家へ。
ゲンタは野良犬の縄張りのない自由地帯へ。
空には雨雲が広がり、視界は雨に曇っている。
それでも一人と一匹の胸には、清々とした明かりが灯っていた。
互いに、一度も振り返らずに。
互いに、小さな友情を胸にして。
弾むような足取りで歩んだ。
――――終