どこかで鈴の音がした。
 一階の露台のうち、中庭を向いたものは直接庭に下りることができる。そこからイルスは音を頼って歩いた。
 いくつか茂みを越えると、目の前に少女の背中が現れる。足音に気づいて彼女は振り返り、涙目でイルスを見上げた。
 驚いて、かき分けた茂みの枝がポキンと音を立てる。

 シミのない大理石……いや、白磁の肌。
 発光する銀の髪。
 潤んだ瞳は晴天の青。

 明らかにこの国の人間ではない。
 天から降り立ってきたのだろうか……。

「庭の主殿とお見受けします」
 震える声で少女が言う。
「木の枝に、髪が絡んでしまいました。お助けください」
 彼女の手元に視線を移すと、細い髪を枝が噛んでいた。

 うなずいてイルスが髪を救い出すと、彼女は深く頭を下げた。
「気にしなくていい。……君は留学、じゃない、研修に来た子だね?」
「は、はい。……あの……?」
「ここで会ったもの何かの縁だ。わたしはイルス。君の世話をすることになった、宰相補佐を務めるものだ」
「ダーナ公爵様!?」
 驚きに見開かれた青い目がイルスを見上げる。純粋な輝きにイルスは顔が熱くなる。

 はっと気づいて、彼女は一歩下がる。
「わ、わたくし、北のサース国より参りました、レセリアナ・ロベッタと申します。公爵様におかれましては」
「いいよ。堅苦しいあいさつは後にしよう」
 それより、とイルスが続けると、彼女の背中が強張った。
 中庭に入ったことを責められると思ったのだろう。だがこの中庭は公共の庭だ。
「良かったら、時間までお茶にしないか?」
 少女は最初きょとんとして、慌ててうなずいた。

 共の者とはぐれ、捜し歩いているうちに庭に出た彼女───レセリアナは、風に髪をあおられ、木の枝に噛まれたのだという。
 鈴はレセリアナの髪飾りについていた。古風な形だが、彼女にとっては大切なものだそうだ。
「母から譲られたものです。男性から求婚の証しに鈴を貰い、最初の娘に渡すのだそうです」

 しばらく話していると、レセリアナの緊張も解けた。
 幸運なことに、イルスの従妹とは似ても似つかないおとなしい少女だ。

「その後の鈴の行き先はどうなる?」
「妹か、あるいは自分の二人目の娘に譲ります」
「男性に贈るものはないのか?」
 レセリアナは首をかしげた。
「ありません。しいていうなら、自分自身だと思います」
 言ってから、自分の言葉に紅くなる。
 自分の従妹に見習わせたい。