「じいには女性の友人はいたか?」
「はて。……そうですな。友人と呼べるものもおりました」
 目に染みるような苦い薬湯を手に、老人は懐かしむような深い声で言った。

「じいめは親を持ちませんでした。同じように身寄りのない子どもたちと一緒に、スリや盗みをして口に糊をしておりました。そのときは男も女もなくみな友人で、兄弟でした」
 そんなことは初めて聞いた。出会った頃は木の妖精だと思っていたし、違うと知ってからは生まれなど気にしなかった。
 老人はいつもいろんなことを教えてくれたが、思い返せば、自分自身のことをいくつ語っただろうか。

「……そうか」
「その後、変わり者に拾われましてな。戦で片腕を失いまして、薬研を扱ったり、大きな薬籠を持てず、人手が必要だったのだそうです」
「よい人だな」
「女運は悪かったのですが、患者にたいしては献身的な義父でございました」
 老人はうれしそうに口元を綻ばせる。

「義父も女性の扱いが下手でございました。
 ほぼ毎日、花街に繰り出してはおりました。しかしすぐに、産気づいた妊婦や客に殴られた娼婦のところへ走っていくのです。相手を選ぶ暇があればよいほうでしたでしょう。
 ことに及ぶまえは必ず、相手に具合の悪いところなどを訊きまして、優れないときはただ話をしているだけでした。
 ときにはわたしも呼ばれました。義父は『おれが死ねばこいつが診る』などと申しておりました」

 薬湯を飲み干して、老人はイルスを見上げた。
「陛下がお望みでないのなら致し方ありません。お世継ぎはべつに考えるべきでございましょう」



 手元の薔薇に視線を落としたまま、通い慣れた廊下を歩く。

 通り過ぎる女官が愁いを帯びた顔に見惚れ、手に持っていた高価な花瓶を落とした。その破片が飛来し、衛兵の脚に突き刺さる。衛兵は叫んだ。
 しかし熟考中のイルスには聞こえなかった。

 主と教育係の言葉が頭の中をぐるぐると回っている。
 主によい伴侶ができればと思う反面、主には主なりの信条があり、イルスがそれを崩すようなことがあってはならないと思う。
 毎日執務に追われる主の憩いの場所ができればよいと思う。しかしその場所に主が足を踏み入れることを躊躇っては、かえって主の負担になるだろう。



 その日のイルスはそんなふうに、気づくと考え事をしていた。
 おかげで散々だった。
 書類は散らばり墨壷は倒し、フォークで指を刺しミルクポットに砂糖を入れ。
 近衛騎士長だと思って声をかければ始祖王の彫像だった。なんと不敬なと苦悩すると後ろから本人に声をかけられる。
 極めつけに、退室しようと扉を開けると、実は開けたのは窓で、危うく五階から飛び降りそうになった。優秀な騎士たちに感謝した。彼らがいなければ階下のサボテンに突き刺さっていただろう。