「ネギ君、ネギ君!」
嬉々とした声に呼ばれて振り向けば、先輩が片手を振って走ってくるところだった。
「ネギ君、ちょっと!」
「はい?」
「ね、ちょっとここ触って」
「は?」
先輩は至近距離まで来て急停止したかと思うと、長い髪を振り回す勢いでユーターンした。実際、根木山中の胸に髪があたった。
いい匂いがした。シャンプーだろうか……。
「ここってどこです?」
「ここ、ここ!」
先輩は自分の背中を指差しているようだ。だが、背中のどこなのかさっぱりわからない。
「ここよ、ここ! ケンケン骨のとこ!」
「は?」
残念ながら根木山中は「ケンケン骨」なるものは知らない。背骨とか頭蓋骨程度ならわかるが、難しい医学用語はさっぱりだ。
「こーこー!!」
苛立った先輩が地団太を踏む。それはもう悔しそうに。
あぁ、恥ずかしい。公衆の面前で。
「どうしてわかんないの!?」
「俺、ケンケン骨なんて知りませんよ」
「えぇ! ウっソ! なんでなんでぇ! もう! 宇宙人なんだから!」
「なんですか宇宙人って」
「宇宙人は宇宙人よ! もうっ。ホラ、この出っ張ってるとこ」
「…………」
「なに?」
「先輩。そこは肩甲骨です」
「なんだっていいの!」
そういう問題なんだ。その程度のことで公衆の面前で羞恥心もなく子どものように地団太を踏んだんだ。
「ね、ほら触って」
「なんですか?」
「あのね、今井先輩がね」
あ、今のはちょっと痛い。
でも先輩は気づかない。
「ここの骨はね、むかし人間にも羽根があった証拠なんだって。それでね、うれしいことがあるとそこんとこがあったかくなるんだって」
どういう理屈だろうか。
肩甲骨が羽根の名残だというのは、まぁ、聞いたことはある。けれどそれと「うれしい」と「温かい」がつながらない。
恐らく三つのキーワードのあいだにはわかりやすく理論的な説明があったのだろう、と根木山中は思う。先輩がその「理論的な説明」を理解できなかっただろうこともわかる。
そんな人だ。
「ね、触って。あったかい?」
「……なんか、いいことあったんですか?」
「うん。今日ね、今井先輩とお昼したの。そのとき教えてもらったんだ」
校舎棟が違ううえに委員会もクラブも何も共通点のない今井先輩とランチ、ね。
あぁ、痛い。
「セクハラとか言わないですよね?」
「言わないわよ」
ドキドキしながら先輩の背中に手を当てる。
「…………」
「どう? あったかいでしょ?」
先輩の中ではもう確定している。家も遠くて趣味も科目分野も違って成績の差は恐ろしく開いている今井先輩とランチできたことはうれしいことだと、もう言っている。
「ネギ君?」
「……あったかいです」
たとえ、先輩の肩甲骨が普段どれくらいの温かさなのか知らなくても。
「あったかいです」
でしょ、でしょ、と公衆の面前ではしゃぎまわる先輩を見ながら根木山中は自分の、今井先輩論では温かくなっているであろう背中を意識する。
先輩が根木山中を見上げる。
「ネギ君?」
先輩、俺は。
先輩のあったかい肩甲骨もいいけれど。
先輩の、俺に向かって無防備に背中を向けてくれる信頼度がうれしいです。
先輩の肩甲骨は骨なのに温かくて、柔らかかった。
嬉々とした声に呼ばれて振り向けば、先輩が片手を振って走ってくるところだった。
「ネギ君、ちょっと!」
「はい?」
「ね、ちょっとここ触って」
「は?」
先輩は至近距離まで来て急停止したかと思うと、長い髪を振り回す勢いでユーターンした。実際、根木山中の胸に髪があたった。
いい匂いがした。シャンプーだろうか……。
「ここってどこです?」
「ここ、ここ!」
先輩は自分の背中を指差しているようだ。だが、背中のどこなのかさっぱりわからない。
「ここよ、ここ! ケンケン骨のとこ!」
「は?」
残念ながら根木山中は「ケンケン骨」なるものは知らない。背骨とか頭蓋骨程度ならわかるが、難しい医学用語はさっぱりだ。
「こーこー!!」
苛立った先輩が地団太を踏む。それはもう悔しそうに。
あぁ、恥ずかしい。公衆の面前で。
「どうしてわかんないの!?」
「俺、ケンケン骨なんて知りませんよ」
「えぇ! ウっソ! なんでなんでぇ! もう! 宇宙人なんだから!」
「なんですか宇宙人って」
「宇宙人は宇宙人よ! もうっ。ホラ、この出っ張ってるとこ」
「…………」
「なに?」
「先輩。そこは肩甲骨です」
「なんだっていいの!」
そういう問題なんだ。その程度のことで公衆の面前で羞恥心もなく子どものように地団太を踏んだんだ。
「ね、ほら触って」
「なんですか?」
「あのね、今井先輩がね」
あ、今のはちょっと痛い。
でも先輩は気づかない。
「ここの骨はね、むかし人間にも羽根があった証拠なんだって。それでね、うれしいことがあるとそこんとこがあったかくなるんだって」
どういう理屈だろうか。
肩甲骨が羽根の名残だというのは、まぁ、聞いたことはある。けれどそれと「うれしい」と「温かい」がつながらない。
恐らく三つのキーワードのあいだにはわかりやすく理論的な説明があったのだろう、と根木山中は思う。先輩がその「理論的な説明」を理解できなかっただろうこともわかる。
そんな人だ。
「ね、触って。あったかい?」
「……なんか、いいことあったんですか?」
「うん。今日ね、今井先輩とお昼したの。そのとき教えてもらったんだ」
校舎棟が違ううえに委員会もクラブも何も共通点のない今井先輩とランチ、ね。
あぁ、痛い。
「セクハラとか言わないですよね?」
「言わないわよ」
ドキドキしながら先輩の背中に手を当てる。
「…………」
「どう? あったかいでしょ?」
先輩の中ではもう確定している。家も遠くて趣味も科目分野も違って成績の差は恐ろしく開いている今井先輩とランチできたことはうれしいことだと、もう言っている。
「ネギ君?」
「……あったかいです」
たとえ、先輩の肩甲骨が普段どれくらいの温かさなのか知らなくても。
「あったかいです」
でしょ、でしょ、と公衆の面前ではしゃぎまわる先輩を見ながら根木山中は自分の、今井先輩論では温かくなっているであろう背中を意識する。
先輩が根木山中を見上げる。
「ネギ君?」
先輩、俺は。
先輩のあったかい肩甲骨もいいけれど。
先輩の、俺に向かって無防備に背中を向けてくれる信頼度がうれしいです。
先輩の肩甲骨は骨なのに温かくて、柔らかかった。