「イルス」
「はい」
「先日おまえは、『生は一時でも、想いは永遠』だと言ったな」
「はい。申しました」
「わたしもときおり思う。すでに亡き人の言葉は、いつまでもわたしの胸の中で生きている。
 ───昔わたしは、人を見殺しにしたことがある」
「……っ!」
 イルスの手の中で黒いお茶に波紋が広がった。

「わたしは隠れて、ただその嵐が過ぎるのを待っていた。
 わたしには大事な役目があった。そのためには他のことに関わってはいられないと思っていた。

 そのとき、わたしの隣には連れがいた。彼女もしばらくは役目大事を貫こうとしたのだろう。だが……まだ十歳といくつかの子どもだった。人狩りに捕まり、わたしが見たときは逆らって背を斬られたところだった。
 彼女は飛び出し、人狩りを斬って逃げようとした。
 多勢に無勢だ。人狩りは訓練をつんだ兵士たちだった。あとで知ったことだが、戦のために強制的な徴集が行われていたらしい。
 彼女はたちまち囲まれた。わたしは思わず、飛び出していた。

 人気のない場所まで逃げて、わたしは背負っていた子どもを下ろした。
 ……わたしは、途中からすでに、その子が死んでいるのを知っていた。だがそれを戦闘中に彼女に知らせれば、彼女は動揺して包囲を抜けられないだろうと思った。

 彼女は自分のマントを地面に敷いて、子どもの亡骸を寝かせた。
 まだ温かかった。だが死んでいた。
 彼女は泣いて、魂が故郷に帰るようにとつぶやいた。

 わたしはただ見ているだけだった。そのときすでにわたしは、死をいくつも通り越してきていた。
 彼女はまだ若く、経験も浅かった。日が暮れるまで泣きつづけて、子どもの髪を梳いていた。

誰も死にたいわけではない───

 彼女は言った。生まれたからには生き続けたいと誰もが思っていると。死にたいのなら呼吸を止めてしまえばいいのだ、と。
 わたし目に、彼女が輝いて見えた。返り血と傷と砂にまみれた姿だったが、彼女は美しかった。死を受け入れることを拒否するだけの強さと、死を悲しむだけの弱さを持っていた。
 わたしよりも短い生のなかで、いったいどうすれば、そんな言葉を見つけられるのかと思った」