イルスの教育係といえば。
「じい」
花を差し出す老人をイルスはまじまじと見た。
干からびた枯れ木のような老人は、イルスが八歳のときに教育係として雇われた。
初めて会ったときイルスは、彼が木の妖精なのだと思った。自分にはなんてすごい先生ができたのだろうと無邪気に喜んだ。彼が人間だと知った日の夜、イルスは夕食も食べずに泣き明かした。
それくらい老人は干からびている。
「どうかなさいましたか、若」
「じいは魔導士殿と懇意なのか?」
「はて。魔導士殿とおっしゃいますと、ハッサム殿ですかな。えぇ、何度かお会いいたしました」
「陛下の『約束』とはなんだ?」
老人の細い目が精一杯開かれる。
首をかしげ、遠い目をする。
「…………。何でしたでしょうか。歳を取ると物忘れが酷うございます」
「じい」
イルスはもうそんな言葉で納得するような歳ではなかった。
「…………」
「…………」
「……うぅっ! ゲホ、ごほっ。し、心臓が……!」
「ぎっくり腰で心臓は痛まん!」
「あぁ、眩暈が……」
「じい!!」
老人は仮病を諦め、イルスをじっと見上げる。
手元が毛布をいじっている。口元は小さくすぼめられ、上目遣いでイルスを見上げている。それは愛らしい少女なら似合ったかもしれないが、干からびかけた老人ではかえって気持ち悪かった。
「若。じいは若にそのままでいていただきたいのです」
老人はしぶしぶ重い口を開く。
「若が陛下をお慕いする気持ちを、じいは変えとうございません」
「わたしの陛下への気持ちは簡単にはかわらん。あの方は尊敬に値する方だ。良い主に恵まれたと、わたしは感謝している」
それはイルスの本心だった。それは老人も充分に知っているはずだ。お役目をいただいてから毎日、どんなに主が素晴らしいか何度も何度も語ったのだ。
なのに老人は、首を横に振る。
「陛下はいまだご自分を責めておいでです。その罪を償ったとご自身がお思いにならない限り、じいは誰にもこのことをお話しようとは思いませぬ。
なぜかと申しますと、若。陛下は長く混乱と戦乱の地であったこの国を鎮定なされました。この功績は大変に大きく、人々は陛下を英雄視しております。しかしこの『約束』のなされた理由を知れば、人々が陛下を見る目は変わりましょう。それほど重大なことなのです」
老人は細く開いたまぶたの向こうから悲しげな眼差しを送った。
「いつか陛下がお話になるでしょう。そのとき、陛下の罪は許されるのです」
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「じい」
花を差し出す老人をイルスはまじまじと見た。
干からびた枯れ木のような老人は、イルスが八歳のときに教育係として雇われた。
初めて会ったときイルスは、彼が木の妖精なのだと思った。自分にはなんてすごい先生ができたのだろうと無邪気に喜んだ。彼が人間だと知った日の夜、イルスは夕食も食べずに泣き明かした。
それくらい老人は干からびている。
「どうかなさいましたか、若」
「じいは魔導士殿と懇意なのか?」
「はて。魔導士殿とおっしゃいますと、ハッサム殿ですかな。えぇ、何度かお会いいたしました」
「陛下の『約束』とはなんだ?」
老人の細い目が精一杯開かれる。
首をかしげ、遠い目をする。
「…………。何でしたでしょうか。歳を取ると物忘れが酷うございます」
「じい」
イルスはもうそんな言葉で納得するような歳ではなかった。
「…………」
「…………」
「……うぅっ! ゲホ、ごほっ。し、心臓が……!」
「ぎっくり腰で心臓は痛まん!」
「あぁ、眩暈が……」
「じい!!」
老人は仮病を諦め、イルスをじっと見上げる。
手元が毛布をいじっている。口元は小さくすぼめられ、上目遣いでイルスを見上げている。それは愛らしい少女なら似合ったかもしれないが、干からびかけた老人ではかえって気持ち悪かった。
「若。じいは若にそのままでいていただきたいのです」
老人はしぶしぶ重い口を開く。
「若が陛下をお慕いする気持ちを、じいは変えとうございません」
「わたしの陛下への気持ちは簡単にはかわらん。あの方は尊敬に値する方だ。良い主に恵まれたと、わたしは感謝している」
それはイルスの本心だった。それは老人も充分に知っているはずだ。お役目をいただいてから毎日、どんなに主が素晴らしいか何度も何度も語ったのだ。
なのに老人は、首を横に振る。
「陛下はいまだご自分を責めておいでです。その罪を償ったとご自身がお思いにならない限り、じいは誰にもこのことをお話しようとは思いませぬ。
なぜかと申しますと、若。陛下は長く混乱と戦乱の地であったこの国を鎮定なされました。この功績は大変に大きく、人々は陛下を英雄視しております。しかしこの『約束』のなされた理由を知れば、人々が陛下を見る目は変わりましょう。それほど重大なことなのです」
老人は細く開いたまぶたの向こうから悲しげな眼差しを送った。
「いつか陛下がお話になるでしょう。そのとき、陛下の罪は許されるのです」
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