部屋を出ると、後ろから呼び止める声があった。
 振り返ると黒い影のような人がいる。ハッサムだ。
「少しだけお時間をいただけますか?」
「はい」

 歩きながらといわれ、イルスは魔導士と並んで歩く。何か不思議な動く物体が横にいるようだ。
 失礼かもしれないが、彼は華やかな宮廷にあってあまりにも不気味すぎる。全身黒ずくめ───というより黒いローブにすっぽりと覆われた姿。低い声。フードの下から覗く黒い肌───子どもが夢でうなされそうだ。

「このところの陛下のご様子はいかがですか?」
「いえ、特に変わったご様子はありません」
 イルスの精神とダーナ家の存続を窮地に追い込む以外は。
「……補佐殿はおいくつになられますか?」
 最近の宮廷内でのことを話していると、ふと思い出した、というように魔導士が訊ねた。
「歳ですか? 二六になります」
「もうそんなお歳ですか。では、補佐に就かれて二年ですか」
 魔導士は驚いたようだ。
 イルスは、彼が六代もの皇帝に仕えてきたと聞いたときのほうが驚いたと思う。

「いかがです、宮廷は?」
「はい。日々、陛下の素晴らしさを実感するばかりです」
 窮地に追い込まれたことは除いて。
「確かに、ここまで再興するとはわたしも思いませんでした。陛下は六人目の主となりますが、良い意味での才覚をお持ちの方は初めてです」
「良い意味?」
そう、と魔導士はうなずく。
「権力があるがゆえに、踏み外した道が大きすぎる方ばかりでした。現陛下にあられては、権力を良い方向へとお使いになられています。約束のためとはいえ……」
「約束?」
「まだお聞きではありませんか?」
「何をでしょうか?」
「いえ……あの部屋においででしたので、すでにお聞きになったものと思いました」

 魔導士が歩みを止めたのでイルスも止まった。
 彼はイルスを振り返り、小さく笑ったような気がした。
「ご教育係の方に、お聞きになるといいでしょう」


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