アルフレッドを戦場に放り込んだくせに、先陣を切るのはいつも自分で。
 優しい言葉はひとつも言わないのに、誰よりも安心できると思わせる。
 自分のことは何一つ語らないのに、信用させてしまう。
 いつも暇を持て余しているようで、しっかりと守ってくれる。

 今アルフレッドの目の前に立つ人間が羽虫に見えてしまうほど、騎士らしい騎士だ。

 こんな羽虫にくれてやるものはひとつもない。



 アルフレッドは注意深く辺境伯を見た。
 いつもと変わらない、老けて疲れたような顔。痩せすぎて頬骨が高く、顔の影が濃い。ペンは左手で、フォークは右手。剣を握るのは左手だと今日はじめて知った。それ以外、いつもと変わらない。いつからこれを計画していたのだろう。
 アルフレッドの頭の中にたくさんの顔が思い浮かぶ。怪しくてつながっていそうな人物はたくさんいる。

 どれだけ多くの人々がアルフレッドを主と認めても、同じくらいの深さで認めない者もいる。それは仕方のないことだと、あの男は言った。
 それが気持ちのうえでだけなら責めなくていい。けれど、行動に出たのならば敵とみなしていい。
 ───辺境伯は敵だ。
 アルフレッドは気持ちを切り替えた。国境警備の新しい責任者を選任しなければならなくなるだろう。

 辺境伯のあごが動く。三人の男が同時に飛び掛かる。
 一振りを片腕で受け止める。袖の下にいつもはめている鉄でできた手甲が高い音を立てる。
 強引に敵の懐に進む。二つの刃は逸れ、アルフレッドの上着のすそと豪華な絨毯を斬った。裏拳で目の前の腹を打つと、うめき声をすれ違いざまに聞きながら背後へ逃れる。
 片足を軸に勢いのまま振り返ると、振り下ろされた剣が下から迫ろうとしていた。体制が整わない。アルフレッドは諦めて鉄の手甲で受け止め、後退した。

 アルフレッドは窓際の机まで下がる。机をはさんだ向こうにはもう一人、敵がいる。これ以上は下がれない。
 隣室までの扉は遠い。剣のかかった壁までは辺境伯に近づいてしまう。
「さぁ、次はどうなさいますか?」
 辺境伯は楽しんでいるようだ。躾の良い猟犬が追い詰めた獲物を最後は自分の手で仕留めるのが好きな性質だろう。

 声をあげて助けを求めるか。
 それは最初に思いついた。これだけの物音がして誰も来ないのなら、かなりの大声でなければ聞こえないだろう。


「薔薇園シリーズ」一覧