アルフレッドは剣は苦手だった。いくら練習しても上達しなかった。
 あの男はそれに対して蔑みも軽蔑も与えず、かわりに全身が武器となる術を与えた。それは身を守る術であり、自分から動かない限りは何ものも傷つけない───アルフレッドの傷を抉らない武器だった。

「ときおり剣術の稽古にはお出でのようですが、体術もおできになるとは存じませんでした。やはり高貴なお方は違いますな」
 空振りした剣を持つ手は左。
 アルフレッドの周囲はまた兵士の姿をした者で囲まれる。
 国の主に刃を向けているのに、目は何の感情も浮かべていない人間たち。よくできた人形のようだ。報酬を訊いたときはどれほど目を輝かせたことだろう。

「高貴かどうかは関係ない」
「では、戦場での経験が身に染み付いていらっしゃるのでしょう」
 けっこう、と笑う辺境伯。
 おそらく戦中、アルフレッドが何度も暗殺の手にかかりそうになったことを知っているのだろう。
 まだ従兄や伯父がたくさんいて派閥も多かったころ、警戒心の強い主は疎まれていた。アルフレッドがいなければ第二位継承者の姉を手に入れやすかっただろう。残念ながら姉には騎士がいて、アルフレッドには自分の身一つ守れなければという意志があった。

 剣はわが身を傷つけ、溺れさせる。
 誰が言っただろう。
 たぶんあの男だ。



 刃を伝い、柄まで滑って手をぬらした血はアルフレッドを確かに傷つけた。その重みで押しつぶされそうになった。
 生きるためには他者を押しのけるしかない。けれど人質としての役目を果たせなかったアルフレッドに、はたして他者を排除してまで生き残る価値はあるのだろうか。
 手を伝う血の重みが自分の命よりも重く思えてしかたなかった。
 同時に、死への恐怖は大きかった。血の色が目に焼きついた。

 死ねば、姉たちに会えなくなる。
 それが胸を占めた。

 初陣の直後は剣を手放すことも、鎧を脱ぐこともできなかった。
 天幕の隅で震える主を抱え上げ、鎧どころか衣服まで剥ぎ取って風呂桶に放り込んだ騎士がいた。
『戦場以外では剣を抜くな。血が手に馴染む』
 代わりに自分が盾となるから、と。
 旗は悠々と立ち、すべてを見下ろしていればいい、と。

 風見鶏の騎士と呼ばれるようになる男は、狂いだしそうになるたび救ってくれた。それでいい、と瞳がうなずいてくれた。


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