「陛下、ご無礼をいたします」
凛々しい面立ちの男が現われる。
城に留まっている辺境伯だ。国境の管理についていくつか修正しなければならなくなったため、アルフレッドが呼び寄せ、現状報告をさせた。もうしばらく滞在するだろう。
横髪には白いものが混じっているうえに猫背だが、まだ若いはずだ。
辺境伯はいつもと変わらない慇懃な礼をとる。
「……なんだ?」
「見張り台より怪しい影が塀を越えたとの報告を受けました。失礼ながら、お部屋を調べさせてはいただけないでしょうか?」
怪しい影と聞いて、ついあの男を振り返ってしまう。不思議なことに露台には誰もいなかった。
「陛下?」
「……好きにしろ」
辺境伯の背後から入ってきた五人の衛兵は扉の前に一人、窓の前に一人、アルフレッドを囲むように三人が散らばった。扉が静かに閉じられる。
七人のうち誰も動き出そうとせず、夜風も入り込まない部屋はじっとりと暑さを増す。
アルフレッドは辺境伯の今にも笑い出しそうな口元を見て、いつもの衛兵たちの安否が気にかかった。彼らとは言葉を交わすことはあまりなかったが、名前と顔を覚えてしまえば、もうアルフレッドの関心の対象になる。
好奇心を忘れるな───あの男も言った。周りに目を配れ、と。肌に直に触れる肌着と同じくらい重要だから、と。
「……わが末弟では王にはなれない」
「ご安心を、陛下」
この状況で安心していられる者などいるのだろうか。我が身は危機の直中に、大切な弟は傀儡の主にしたてあげられようとしているというのに。
こいつはバカだ、とアルフレッドは思った。衛兵たちはこんなバカな男にどんな扱いを受けたのだろう。申し訳なく思った。
「陛下、ご無礼を」
思ってもいないことを口にした辺境伯の視線が合図で三人が動く。
アルフレッドは短剣一本帯びていない。あの男がいるときは自分は剣は握らない。椅子の上に置いたままだ。
やや前の左右と真後ろと、目の前には辺境伯。
アルフレッドは床に手をついて前転し、左手に伸びるように逃れた。空気が切られた音が後を追ってくる。身を低くして右前方に回れば、目的まであと一歩だった。
視界の隅で刃がきらめく。回転した勢いをそのままに膝を柔らかく折ると、頭上を剣が横滑った。
「お見事」
それは心からの賛辞のようだった。
:「薔薇園シリーズ」一覧
凛々しい面立ちの男が現われる。
城に留まっている辺境伯だ。国境の管理についていくつか修正しなければならなくなったため、アルフレッドが呼び寄せ、現状報告をさせた。もうしばらく滞在するだろう。
横髪には白いものが混じっているうえに猫背だが、まだ若いはずだ。
辺境伯はいつもと変わらない慇懃な礼をとる。
「……なんだ?」
「見張り台より怪しい影が塀を越えたとの報告を受けました。失礼ながら、お部屋を調べさせてはいただけないでしょうか?」
怪しい影と聞いて、ついあの男を振り返ってしまう。不思議なことに露台には誰もいなかった。
「陛下?」
「……好きにしろ」
辺境伯の背後から入ってきた五人の衛兵は扉の前に一人、窓の前に一人、アルフレッドを囲むように三人が散らばった。扉が静かに閉じられる。
七人のうち誰も動き出そうとせず、夜風も入り込まない部屋はじっとりと暑さを増す。
アルフレッドは辺境伯の今にも笑い出しそうな口元を見て、いつもの衛兵たちの安否が気にかかった。彼らとは言葉を交わすことはあまりなかったが、名前と顔を覚えてしまえば、もうアルフレッドの関心の対象になる。
好奇心を忘れるな───あの男も言った。周りに目を配れ、と。肌に直に触れる肌着と同じくらい重要だから、と。
「……わが末弟では王にはなれない」
「ご安心を、陛下」
この状況で安心していられる者などいるのだろうか。我が身は危機の直中に、大切な弟は傀儡の主にしたてあげられようとしているというのに。
こいつはバカだ、とアルフレッドは思った。衛兵たちはこんなバカな男にどんな扱いを受けたのだろう。申し訳なく思った。
「陛下、ご無礼を」
思ってもいないことを口にした辺境伯の視線が合図で三人が動く。
アルフレッドは短剣一本帯びていない。あの男がいるときは自分は剣は握らない。椅子の上に置いたままだ。
やや前の左右と真後ろと、目の前には辺境伯。
アルフレッドは床に手をついて前転し、左手に伸びるように逃れた。空気が切られた音が後を追ってくる。身を低くして右前方に回れば、目的まであと一歩だった。
視界の隅で刃がきらめく。回転した勢いをそのままに膝を柔らかく折ると、頭上を剣が横滑った。
「お見事」
それは心からの賛辞のようだった。
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