背に月光を受けて男は沈黙した。そのまま眠ってしまうのではないかと思うほど静かだ。

 初めて会ったときもそうだった。
 異国の地で一人、不穏な空気に取り囲まれて身動きも取れずにいた。
 人目を忍んで現れた姉の使いだという男は、その外見の美しさに反してアルフレッドを落ち着かせ、差し出された手をやすやすと取らせた。

 取った手の冷たさは忘れられない。外見の美しさと上辺だけの優しさは瞬時に剥がれ落ちた。
 子ども一人のためにどれだけの人間が始末されたのだろう。剣はあまりにもやすやすと振り下ろされた。助けられる側であるはずのアルフレッドすら、助けてくれるはずの男を恐ろしいと思った。
 今でもあの気持ちが甦るときがある。

 必要ならば、アルフレッドも切り捨てるだろう。

「……本当に酔っているのか?」
「あぁ」
 信じられない。この男の言うことの半分は信用できない。
「水でも飲んだらどうだ?」
「あぁ」
「……部屋に戻って寝ろ」
「あぁ」
 歳のわりに寛容だといわれるアルフレッドにも限界はある。残念なことに、この男に退出を命じても無駄なことも知っている。
 アルフレッドは不機嫌に黙り込むしかなかった。

 二人して口を閉じると、風に揺らされる木の葉の音がした。ひとつひとつは小さな音も、色ついて乾燥した大群ともなると耳の奥まで侵入して騒音となる。
 ときおり口笛のような音がする。アルフレッドは昔この音が怖くて、姉にしがみついて泣き疲れるまで眠れなかった。弟はそんな音など気にならないようだ。

 視界の隅で男が揺らめいた。
「……どうした?」
 男は返事を返さなかった。
 月明かりに背いてうつむき、自分の体をゆるく抱きしめている。変わり者の彫刻家が渾身の力をこめて彫り上げた彫像のように動かない。
「……おい?」
 肩に手をかける前に彫像が振り返り、アルフレッドの胸はどきりと波打った。


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