次に目が覚めると少しだけ夜が明けていた。
 彼はカーテンを細く開けて外を見ている。吐く息が白い。

───息を吐き出しつづけたら、魂が出てくるだろうか?

 彼が振り返る。
「起きた? まだ寝てていいよ」

 彼の右手には本があった。珍しい。
「これ? 職場の人が薦めてくれたんだ。読む?」
 首を振って、頭を枕に戻す。眠りはすぐにやってきて、次に揺り起こされたときには本のことは忘れていた。そのために二度寝したのだ。

 タイトルも著者も過去の人。
 忘れてしまおう。

 お酒とバナナとチョコレートが好きな人。
 小さな子どもに飴とホットミルクをくれた人。
 コロンは柑橘系。
 シーツは深いブルー。パジャマは薄いピンク。
 泣き顔の鼻の頭にしわが寄ることも、笑うとえくぼができることも。
 ソバカスがどうしても消えないことも、朝食のパンにバナナとチョコを挟んだのを食べるのも。
 忘れてしまおう。

「え? なに?」
 なんでもない、と首を振る。
 心配げな表情で近づいてくる彼の首にしがみつく。

「トーコ?」

 タイトルは『T』。
 著者は『M.ジョシテル』。

 彼女のフルネームを知るのは世界で自分ひとりかもしれないなんて、寂しく自惚れてみた。