バナナは青いのを買う。籠にいれてテーブルに置き、熟れるまで待つのが楽しい。
 食べる日が明日に迫ったある寒い日の午後。彼女はチケットを押し付けて早口で言った。
「逃げて」
 理由のすべては知らない。
 辿り着くまでの記憶も欠けた。
 推測できることはある。少子化対策の厳しい土地で、いつまでも二人一緒は難しかった。いつかは政府の対策に乗るか離れる必要があった
 人口爆発以後着実に減り続ける人口を補うために、彼女は母親になることを強制されただろう。あるいは別の場所に逃げたか。
 どのみち二度と会える気はしない。

 たどり着いたのは小さな国の大きな町。手をつないで歩く家族、仲間と連れ立って歩く集団が多かった。彼らの進む先の小さな公園は明るい緑色で埋め尽くされていた。
 ぶら下げられた紙の電灯。夜だというのに昼のように明るく、明かりの下では賑やかな笑い声が、強調された闇の中では小さなささやき声がした。

 白い蕾を抱えた木。どんな花か知りたくて、咲くまで待とうと眺めていた。
 風に撫でられ葉の奏でる静かな音に聴きいる。目を閉じると小糠雨の音。子供の高い笑い声。唸るエンジン音が群衆の騒音に紛れる。斜線機の合唱を振り切る電車の警笛──長く尾を引くそれが警告音に思えた。

 眩暈がした。
 白い花びらに滲む紅さが目にちらついた。

 確かそのときだったと思う。声をかけられたのは。