座らないか、と主は言った。
 立っていてもどうしようもなく、緊張し続けて疲れてもいたので、イルスはありがたく椅子に腰掛けた。

 緊張から開放され、改めて部屋を眺める。
 主の私室なのか、それにしては簡素だ。イルスのはいってきた扉と向かいにある特別大きな窓が印象的で、あとは生活に必要な最低限の家具しかない。
 イルスも知る主の部屋は、控え室、応接室、居間、寝室、衣裳部屋に浴室と、一般の一家庭ほどの部屋数があった。一般というには豪華で広いが。

「この部屋は初めてか」
「は、はい」
「表のはわたしには広すぎてな。ここは特別、ハッサム殿が用意してくださったのだ」
「ハッサム殿、ですか……」
 主は苦笑した。
「魔導士殿だ」
 そういえば、そういう名前だったような気がする。

「しかし陛下、奥内とはいえ、ここは警備が薄いようです。せめて表に警備の者を置いてください」
「ここは心配ない。ハッサム殿がよくよく選定してくださった者しか出入りできない」

 ふと、イルスは首をかしげた。
 怪しいものを身のそばに近づけないのは確かに効果があるだろう。だが問題はそこでなく、主の口調だった。
 まるで魔導士が目上の人のようだ。
 現世の神に近しい主が魔導士に敬語を使うなど、あってもよいのだろうか。

「どうした?」
「は、いえ。……あの……陛下が、魔導士様を敬うように、おっしゃる、ので……」
 若気の至りというか、大胆にも言うと、主は困ったように眉間にしわを寄せた。
 お怒りを買っただろうか、とイルスは慌てる。


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