貞操の危機に瀕したのは久しぶりだった。
 美姫と謳われた母によけいなくらい似たこの顔のおかげで、悲惨な少年時代を送ってきたのだ。父似の強面の兄に守られ、やはり父似の弟の背に庇われたなんて悲しい時代を!

 こんなときでも、表面は狼狽えてはならない。主に不服な顔を見せてはならない。
 お茶の時間の同席を許されるということは、それだけ主の寵を得ているということだ。下級貴族の若造が筆頭公爵に選ばれたのは顔がいいからだけだなんて噂を吹き飛ばすには、実力を見せるしかない。

 そして、主の問いに答えないわけにはいかなかった。しかし答えるには覚悟がいる。
 イルスは当主として跡取りを作る必要があるが、臣として主に従わなくてはならない。
 主を敬愛するのは当然だが、今それを口にするのは服従の意だ。逆らいません、好きにしてください、ということだ。
(言えるかぁ!)
 イルスは心中で叫ぶ。

 きっと冗談だ。
 イルスは思った。イルスの聞くかぎり主の初めてのからかいだ。あるいは臣下としての意見を求められたのだ。
(そうだ。きっとそうだと言ってください!)

 誰に言われなくとも若造のイルスは、努力の甲斐もなく目に見えて狼狽えていた。
 主が小さな溜息をつくのに気付いた。が、もう遅い。
「つまらんことを聞いたな。忘れろ」


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