午前中に三度もスコールのあった午後はいつもより涼しい。ささやかな風に髪を揺らされる主を、イルスはまっすぐに見つめた。
「陛下。申し上げたき議がございます」
 よい、と主は答える。
「わたしの考えでございますが、思うに、人はさまざまです。子を成せずとも、陛下のお側近くに控えたいと思う者はおりましょう」

 何度も同じことを取り上げられる主は、それでも飽きることなく付き合ってくれる。
「先立たれるだけで虚しい」
「陛下はお一人でお淋しくないのですか? 生は一時でも、想いは永遠です」
 主はイルスをまじまじと見る。
 真っ黒な瞳に見つめられ、イルスは自分が感情的になってきていることを知り、長い呼吸を三度繰り返した。宰相にまだまだ青いと言われるわけだ。

「そんな物好きがいるか?」
「必ずおりましょう」
「おまえはどうだ?」
 もちろん、と答えようとしてイルスは本能的にとめた。

 主は、イルスに「どう」だと聞いた。「どう」とは物好きか否か。
 物好きは子ができないわけで、そんなやつでも好きかと聞かれた。この場合の「そんなやつ」は主をさす。
 主がイルスに尋ねたのは、つまり主を……

 耳を取ってピカピカに磨きあげることができたらよかった。
 磨きたい。磨きあげたい。そして聞き直したかった。
 しかし、低く穏やかな声ははっきりと聞え、イルスの頭は律儀に意味まで理解してしまった。なにより主の言葉を聞き直すのは、よほどのことがないかぎり不敬に値する。

 臣下は答えるしかなかった。
 何と?
 もちろん、主を嫌うことなどない。だが今、肯定の答えは危いものを孕んでいる。危険だ。
 何がって、そう、貞操が。

(貞操だと!)
 イルスは心の中だけで頭をかきむしった。


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