たまや~、なんていうやつはいない。
 みんなアホみたいに口を開けて、夜空の花火を眺めている。その顔は赤や黄色や青やに染まり、声は「ほぉ」とか「おぉ」とか「あっ」とかばかりで言葉が退行している。

「なぁ、思いださん?」
「なにぃ?」
「ガキんころさぁ、花火とりに行こうって言ってさぁ、なんやったっけ、ホラ、火消し? じゃねぇや、なんやったっけ?」
「花火師?」
「そう、それ。花火作ろうっつってさぁ、行ったの覚えとう?」

 小学生の頃だ。しかも低学年だった。まだランドセルが大きい頃。

 虹がでたらその足元に行こうとするのと同じように、花火が地面にあるうちに捕まえて、自分たちで好きな形にして打ち上げようなんて、思いついた。
 バカみたいにその言葉を信じて、祭りの夜、親に綿飴買いに行くといって二人で浜辺に向かった。

 海の沖から花火が飛び上がるのを見て、花火は海から出てくるんだなんて知った。
 関係者らしい大人を捕まえて、「あそこに行きたい」なんて言った。もちろん「危ないから」と断られ、笑われた。
 熱いのは平気だとか、工作が得意だとか、絶対怪我しないからとかわけのわからないことを言って、なんとか花火のあがるところまで行きたかった。

 何度もダメだといっても聞かない子ども二人に焦れたのか、大人に腕を掴んで迷子案内所に連れて行かれた。
 ジュースを貰ったが、親の名前も自分の名前も言わなかった。花火のところに行くまで言うつもりはなかった。

 花火は終わり、服装と大よその年齢が放送されたらしく、親が迎えにきた。浴衣を着たお姉さんにお礼を言って、もう帰るわよ、なんて言われた。
 二人は視線を合わせただけで以心伝心。人ごみに飲み込まれたところで親たちの手を振り払って逃げた。
 海へ。

 息を乱して戻った浜辺から見る海に、黒っぽい蠢くものがあった。しだいに大きくなり、輪郭がはっきりしてきた。
 船と、数人の男たち。
 法被をきて、鉢巻をまいて、脛まである靴の先は二つに分かれている。ヘンテコだ。

 花火んとこからきたん? とユウジが訊いた。なんやボウズ、見損なったんか? と法被のおじさんが言った。
 ちょっと見た、でもおいならもっとカッコ良か花火つくれる、とユウジが言った。おじさんたちは笑った。
 ムリやムリやぁ、火と仲良うならんとできん、とおじさんは言った。どうしたら仲よくなれる、と訊くと、まず寝しょんべん治せや、と返事が返った。

 結局、花火のあがるところには行けなかった。
 二度目の迷子騒ぎで双方の親にとことん説教をくらい、拳骨をひとつずつもらった。



「知ったら夢も覚めたね」
「嫌いになった?」
「いや。なんていうか、想像してたのと違って驚き半分、残念でした、って感じ」
「なんやそら」

 ユウジはちらりと時計を見た。
「よぉ見とけ」
「なに?」
「見とけて」
 指を指された夜空をみあげる。
 病院の屋上が絶好の見物席だなんて生まれて初めて知った。

「あ」
 名前が出てこない。でもよく覚えている。あの形、あの色。
 子どもの頃。まだランドセルが大きくて、黄色い帽子をかぶって手を繋いで登校していた頃。
 大好きなヒーローのマークがあった。二重丸のなかにヒーローの英字の頭文字がデザインされていた。
 画用紙にクレヨンで描いた、自分たちで作る花火の想像図。これを作ろう、なんて壮大な計画を立てた。そして果てた。

「どう?」
「え?」
「スゴイ?」
「マジ?」
「マジマジ」
「作った?」
「作った。夏休みの宿題」
「よくいう。毎年最後まで残してたヤツが」
 ユウジは笑った。
「初めて提出期限守ったぞ。やけんおまえも、守れよ」
「は? 宿題?」
「絶対成功する、って」

 明日、手術をうける。
 体力をつけるのに何ヶ月もかけて、体調が整うのを待ち続けた。

「守れよ」

「ユウジ、おれ」
「守らんかったら花火作って返せ」
「……ユウジ」
「返せよ」
「…………」
「守るか、返せ」
「……………………」

 難しい、といわれた手術。
 計画からして無謀な花火。

 半分諦めかけた未来。
 すべてが想像だらけだった過去。

 自由にならない身体。
 頭の中はいつも夢ばかり。


 それでも次は、叶うと信じた。


「返せよ」
「あぁ」
「…………」

「返すよ」



 来年。
 小さな頃に立てた壮大な夢を叶えるだろう。


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 昌子さんの作品からお題をいただきました。