ところで、と老人。
「若、そろそろ良いご縁はございませぬか。じいは若のお子を、ひと目見とうございます」
 うっ、と男はひるんだ。毎日恒例「結婚しろ攻撃」である。できるのなら今すぐにしても良いのだが、残念ながら男の目に適うような相手がいない。
「何を言う、じい。じいがいつまでも生きるように遅らせているのだ。急かすでない」
 ぽっくり逝くぞジジイ、と心の中だけで悪態づく。
 事実まだ死んでほしいとは思わないのだが、簡単に死ぬような相手でないことは知っている。男がいきなり百人の妻を娶って千人の子を儲けてもビクともしないだろう。財政は揺らぐが。

 これ以上長引くと今日一日が重くなるので、男は暇乞いを告げる。いつものように老人は弱々しい振りをして別れを惜しんだ。演技派らしく目尻に涙までためて。
 もうだめだという人間に限ってあと百年は生きるのだ。侮れない。

「では若、これを」
「うむ」
 干からびた手に不似合いな花が一輪。受け取って、男はその芳しい香りを堪能した。
「ではな。また来る」
 薬臭い部屋を出ると、男は花の茎をショールの留め具に差し、花が胸に咲くように向けた。その仕草を見ていた女官が見惚れてお盆の上に乗っていたものを落とし、剪定中の庭師が落とした鋏が危うく弟子の頭に刺さるところだった。

「陛下の元へ」
 騎士たちは心得たように主を先導した。

 こうして、毎朝巻き起こされる嵐は去り、あとには被害を受けた者たちがそうとは気づかれることなく取り残された。

 嵐の名は、イルス・パーシィク・オルゥ・ダーナ。
 カフィダーナ帝国一の美男子といわれる、宰相補佐。


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