「コリィは帰ってくるのよ」
 そうか、と青年がうなずく。
「そうよ。お母さまとはちがうわ」
 弟は必ず帰ってくる。母のいる死出の国に行ったのではないから、帰ってくる。帰ると約束した。またアルフレッダのもとに帰ってくるのだ--何度も、何度もつぶやいた。
 一言ずつに何かがこめられて、それが現実に適うようにと。願いの呪文をつぶやいた。

「お母さま……」

 ぽつり、と手のひらを打つ音。
 一瞬だけ暖かいものが滑り落ちた頬は乾く間もなくまた濡れた。
 両手で顔を覆う。冷たい指の隙間から涙が零れ落ちる。どうしようもないのだと諦めたように、後から後から流れる。

 大きな手に引き寄せられて、暖かい胸に頬を押しつける。縋りつくように服を握り締めると、もうそこはアルフレッダの涙で濡れていた。
 大声でも上げてみようかと思ったけれど、うー、うーと呻くことしかできない。

 大人たちの和平のため、アルフレッダの弟は隣国の人質となった。
 五日もすれば、相手側からの人質が来るだろう。それは大人たちのもので、アルフレッダのものではない。兄のものでもない。

 戦局がよくなるわけではない。
 一時的に敵対する相手が減るだけで、人質が到着した翌日にはまた敵となるかもしれない。人質そのものが内部に入り込んで毒となるかもしれない。アルフレッダの父が息子を犠牲にする可能性もある。
 四方から攻め込まれるよりはいくらかましだというくらい。決定打ではない。

 だが、アルフレッダにはそんなことはわからないし、考えにも及ばない。ただ、大切なものを取り上げられてしまったことが悲しい。
 純粋に、弟の不在が寂しかった。

「…………こりぃ……」

 干乾びてしまうのではないかというくらい、涙が止まらなかった。
 そうなればもう泣かなくてよいのかもしれない。泣かなくなければ、弟の前で涙を我慢したり、兄から顔を背けなくてもいい。
 泣いてしまおう、涸れるまで。


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