ふと、陽が陰った。
「食べるのか?」
 いつの間にか背後に青年が立っていた。
「食べられるの?」
「よく洗ってな、砂糖漬けにする」
「おいしいの?」
「好みにもよる」
 アルフレッダは興味深く指に摘んだ花びらを眺める。つるりとした感触からはどんな味がするのか想像できない。

「お兄さまがいらしたとき、どうしてかくれたの?」
「おまえほど融通の利く相手に見えなかったから」
「『ゆうずう』とはなんです?」
「頭が固いってことだ」
 アルフレッダは自分の頭を触ってみた。
「わたしの頭はやわらかいかしら?」
「適度にな」
 では兄の頭は、鉄板のように硬いのだろう。きっと矢があたっても平気だ。

 帽子いっぱいに花びらを集めると、アルフレッダは大切なことを思いだした。
「帰らないの?」
「帰りたいときに帰る。……ホラ」
 赤い花を差し出される。細長く、滑稽な姿をしている。
「吸ってみろ」
 言われるままに花びらを口に含み、吸ってみる。甘いものが口の中に広がる。
「これはなに?」
「サルビア」
「もっと取って」
「もうない。蜂が持っていったんだ」
「ここはわたしの庭よ。取っていくなんて、ヒドイわ」
「蜂に言え」
 アルフレッダは頬をぷく、と膨らませた。すると、青年が小さく微笑んだので、アルフレッダは目をまん丸にして驚いた。

 とてもきれいな笑顔。

「朝に来るといい。もっと残ってる」
 驚きのあまり何も考えられなかったので、そう、とそっけなく答えた。

「もう帰るの?」
 青年が大きな木の幹に手をついた。またあっという間に上り、塀を越えて去っていくのだろう。
「何か用があるのか?」
「…………ないわ」
「じゃぁな」
 青年は一番下の枝に摑まり、身軽に頭上の人になる。
「もう泣くなよ」
「もっ、もう泣かないわ!」

 笑い声を残して青年は消えた。


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