遠くで声がした。アルフレッダを呼んでいる。
「お兄さまだわ」
 黄色い花のほうから声がする。
「お兄さま、ここよ!」
 すぐに兄が現れた。
「ここにいたのか。一人か?」
「え? いいえ……」
 もう一人、と言おうとして、振り返った先には誰もいなかった。木を見上げてみたが、人影は見当たらない。

「フレッダ、誰かいるのか?」
「い、いいえ、おにいさま、わたし一人よ」
「おまえのほかに声がしなかったか?」
「このまえみたお芝居の、マネをしていたのよ」
 そうか、と兄は納得してくれた。

 兄は今日は一人のようだ。このところ必ず誰かがついているから、二人だけで話せるのは久しぶりだった。
 話があるからと、木陰に座った。

「明日、コリィは発つそうだ」
 嫌なことを聞いた。
 黙りこんだ妹には酷だと思ったのか、兄はそれ以上は何も言わなかった。
 うつむくと、長い髪で顔が隠れる。さきほど泣いていたせいか涙は出なかった。それでもアルフレッダは、今の顔がとても兄に見せられたものはないことを知っている。

「最後に、顔を見せてあげなさい」
 ぽつりと言って、兄は帰っていった。戦場に送り込む兵士の徴集で忙しいのだろう。

 甘い香りがする。風が花の香りを運んでくる。
 庭一面に咲き誇る花の香りは、午後の暖められた空気のなかではむせ返るようだ。ポプリにして枕元におきたい、と益体ないことを思ってみる。
 思いついたら行動するのはいつものことで、アルフレッダは立ち上がり、花びらを集めだした。
 きれいな花を選び、大粒の花びらをそっと引き抜く。帽子の中に一枚一枚いれていく。帽子が花びらでいっぱいになる頃には、胸の奥の冷たい悲しみも溶けてなくなるだろう。
 そうしたら、弟に会いに行こう。

 最後の別れを--


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