アルフレッダと青年の距離より、青年と塀の距離のほうが近い。
 早く言わなければならない。
 早く。

 からからに渇いた唇を嘗める。

「お、お帽子を、とって」
 やっとでた言葉にアルフレッド自身も驚いた。大切な帽子なのに、声をかけられてすっかり忘れていた。
「帽子?」
 青年はあたりを見回して、幹も枝も見えないくらいに葉を茂らせた木に白い帽子がかかっているのを見つけた。木の上からでは高すぎる。
 どこかに羽を隠し持っているのか、また軽々と地上に飛び降りて、青年は帽子を取った。小さな葉っぱを払いのけ、アルフレッダに差し出す。
「ありがとう」
 また、呼びもしないのに涙が出た。

 大切なものが手に戻ってきて嬉しいからではない。
 大きな屋敷も、きれいな庭もアルフレッダには手に余る。それだけでは、胸の奥の、どうしても悲しいという気持ちがなくならない。大切なものはひとつではないのに、いくつかは手放さなければならない。
 手放したくはないのに。
 ずっとずっと、一緒にいたいのに。

 しばらく声もなく泣き続けた。
 泣き顔は帽子に隠して。

 何かが頭に触れた。
 何度も何度も、優しく撫でられる。

 大きな手だ。

 帽子で顔を隠しつつ、アルフレッダは涙を拭った。顔を上げると、手が離れていく。青年の顔はずっと近くにあった。
「な、なにをしているの?」
「……泳いでいるように見えたか?」
「かってにさわらないでっ」
「泣いてたくせに」
「なっ! こ、ここはわたしの庭よ! なにをしてもい、い、いいでしょ!」
「目が赤い」
「見ないで!」
 アルフレッダは青年に背中を向けて顔を帽子で隠した。


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