『ローゼンバーグの手紙-愛は死を越えて-』

編纂委員会
山田 晃/訳
光文社
1954年 初版
1960年 第23版


感想:
 ジュリアスとエセルは、時には毎日のように手紙をやり取りする。
 愛の言葉を綴り、喜び励まし、慰めあう。紙とペンを握り、直接伝えられないもどかしさに悲しみながらも、以心伝心の高まりに歓喜する。一日一週一月一年と月日が流れても深まるばかりの二人の愛。
 二人は、可愛い息子を持つ正真正銘の夫婦。恋文とも言える手紙を出し続けて約三年。二人のあいだには、厚いコンクリートと鉄格子があった。
 一九五〇年七月十八日にジュリアス・ローゼンバーグ、同年八月十二日に妻エセルが、原子スパイの容疑で逮捕された。
 ローゼンバーグ事件である。

 翌年、さらに一年後と時間が空いて、二人は死刑囚監獄に移されます。
 当時ただ一人の女囚人であったエセルは、恐ろしさを紛らわそうと夫に手紙を書き続けました。十人ほどいた男囚人たちは、ジュリアスがいるあいだに八人も顔触れが変わったそうです。

 孤独、不安、恐怖、苦痛、脅迫など様々なものに耐え、無実を主張し続ける。
 多感な時期の子どもたちと会うとき、夫婦は一緒にいられません。家族全員が一緒にいることはもうできませんでした。

 わたしは当事者でもないので断定はできないませんが。
 本書によれば、二代の大統領は法王からの減刑要請を公表せず、エセルの兄弟は弟デーヴィッドの刑期が二、三年延びるという理由で証言しませんでした。また、ローゼンバーグ家からの訴えにも耳を貸さない。
 証拠だけでなく、社会情勢に不安定さがあったときです。政府や裁判所は世界中から届く嘆願を一蹴し、宣告に至るまでの過程はかなり強引に押し進められたようです。一年以上かかるものが十日で済んでしまうなどという、前例のない早さで。

 実家グリーングラス家から見放されたエセル。
 彼女を救ったのは、絶えず自分を励まし、恥ずかしいくらい褒め讃えてくれる夫。子どもたちとの貴重で短い団欒。世界中から届く激励の手紙。

 二人は最後まで毅然とし、「恥ずべき取引をむすんで、この国のりっぱな名まえを汚す」ことはできないと刑務局長の脅迫を撥除け、「アメリカ・ファッシズムの最初の犠牲者」として、一九五三年六月十九日に電気椅子の露に消える。
 その日は、二人の結婚記念日でした。

 本書は、二人が処刑される前から作られた編纂委員会の協力により、初版は処刑から半年後に出版されたようです。
 一部は失われたそうですが、二人がどのように励ましあい、称え合い、戦い抜いたのか--ではなく、二人の純粋な手紙です。夫へ、妻へ、子どもたちへ、弁護士へ、大統領へ、遠い国の新しいお母さんへ。
 ときどき編集者の言葉がはいりますが、他人では語れない二人の気持ちが生々しく感じられました。

 わたしが読んだのは第二三版ですが、それでも六十年代ですからね、まだ出版されているかは不明です。図書館などで探してみてください。
 また、事件そのものは歴史のひとつとして残っていますので、概要は調べることができるはずです。「ローゼンバーグ事件」で調べてみてください。

 世界がもう少しだけ優しくありますように。


2005.06.03-06