どうして涙が出るのか、アルフレッダは知っている。
 悲しいからだ。
 でも、もっと悲しんでいる人もいる。だからアルフレッダはどうにかして涙を止めようとした。自分が泣いていてはいけないことを知っているから。

 甘い香りのする風がワンピースの裾を揺らした。
 涙を押し込めようとする少女は髪をなでていく風にも気づかない。
 右の頬を拭いて、左の頬を拭う。また右の頬を拭うときには、もう左の頬は濡れている。早く収してしまわなければならないのに。

 視界を埋めるのは美を競う花たち。
 小ぶりのつぼみから、手のひらを覆いつくすような大振りの一輪。濃淡の花びらを風に揺らし、蜂を誘い、蝶を呼ぶ。招待された蜂たちは競って蜜を集め、蝶は葉の上で羽を休める。か細い嗚咽に気づくものはいない。
 少女は一人、涙をこぼした。

 ふいに影がよぎって、アルフレッダは顔を上げた。雲が太陽を隠したのだろうか。
 見上げた視界の半分を占めたのは、大きな木の枝の広がり。その向こうに真っ青な空。影りを夜空のように飾る、キラキラと輝く陽射しの眩しさに目を細めると、人影が動いた。
「……だれ?」
 その暗さに目が慣れてくると、人影がアルフレッダを見下ろしているのがわかった。

「どうした?」
 声をかけられ、アルフレッダはハッとして頬を拭った。涙はもう止まっている。
「そこで何をしているの? おりなさい」
 嗚咽をこらえた後の喉は痛んだが、それを気づかれないようにハキハキと口を開いた。いついかなるときも、弱みを見せてはいけない。
「それなら、どいてくれ」
 言われたとおり後ろに下がると、人影はひょいと木の枝から飛び降りた。顔がわからないくらいの高みから目の前に飛び降りたものだから、アルフレッダはひやりとした。

 改めて人影を見上げると、冷えたはずの胸がドキンと鳴る。
 陽のもとに降り立った彼はキラキラと輝く金色の髪をしていた。まるで太陽を塗りこんだようだ。見下ろす瞳は庭の一番濃い色の葉のように深い色。


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