「おい、あんた」
「にーちゃん」
「イリになにすんだ! イリ、こっち来い」
「にーちゃん、お花は?」
「こっちに来いって」
しかたなく少年が少女のもとに歩み寄り、背にかばって見せた。
「イリに手ぇだすな!」
「あ……うん」
どうやら彼は悪者と思われたようだ。
「あっち行けよ。ちゃんと墓はすみっこに作ったじゃねぇか。まだモンクあんのかよ!」
「いや、文句を言いに来たわけじゃないんだ。たまたまここに来たんだ」
少年の釣りあがった眉毛がすとんと下がる。
「なんだ。早く言えよ」
「なぁ、墓を作る場所って、家によって決まってるのか?」
「テキトーだよ。でも……父ちゃんたちは祭りのときに死んだから、『ケガレ』たんだそうだ。だからオレたちも村のそとに住んでる」
「穢れ……」
村の因習だろうか。
「花はあったのか?」
「てっ、てめぇにカンケーねぇだろ!」
「にーちゃんお花はー?」
「うっ」
少年の両手には花は見当たらなかった。
この砂と岩の広がる大地で花を咲かせることができるのだろうか。買うとしても、高額なものなのだろう。
「お花ー」
「ま、また今度な」
「……うん」
「花は買うのか?」
「うん。商人がときどき持ってくる」
「よく枯れないな」
「枯れる? ちゃんと干してあるよ。枯れるもんか。あんた頭ワルいな」
「…………………………。生花は見たことないのか?」
「なにそれ?」
「乾燥していない花だ。時期が来れば枯れてしまう、咲いてそのままの花」
「枯れるんじゃ意味ないじゃん」
「……うん」
少女は藁で墓石を磨いていた。風が吹けばまた埃にまみれるだろうに。現に、磨いた先から風が砂を運んでくる。磨いても磨いても、砂まみれ。
「イリ。それくらいでいいよ。もう行こう」
「まだー」
「村のヤツらが来るから行こう」
兄妹は手を繋いで去っていった。ひとつだけ隅から追いやられた墓石が二人を見守っている。
枯れたら意味ないじゃん
それは確かにそうだ。けれど花は咲き続けているようで、実は次々に咲いては枯れ、咲いては萎れを繰り返している。枯れれば種を残し。萎れて地に落ち。種は土に根を張り。地に落ちて土となる。
この寂しげな大地に花咲けば、さぞかし映えるだろう。
もっと水があれば。もっと土が肥えていれば。もっと風が穏やかで、陽射しが柔らかであれば。
この手から溢れそうになるものを与えることができれば。
お花はー?
咲いたら、いいのに。
この枯れた大地でも咲くような花が、あればいいのに。
たとえば?
そう、たとえば。
この両手から溢れそうになるもので創造した花。
しなやかな茎。
ぴんと張りつめた葉。
きゅ、と引き締まった萼。
秘められた蕾。
鮮やかな雄しべ。
楚々とした雌しべ。
包む、滑らかな花びら。
立ちのぼり、くすぐる香り。
「あ」
彼が現実の世界に戻ってきたとき、周囲は目に痛いほど鮮やかに彩られていた。水連、桔梗、秋桜、向日葵、七変化、薔薇、朝顔、白粉花、椿、牡丹一毛、麝香撫子、片栗、仙人草、鈴蘭、唐菖蒲、霞草、金魚草、金盞花、竜胆--季節や気候を無視して様々な花が視界に飛び込む。
「あ」
自分の両手をまじまじと見つめる。周囲には誰もいない。
風に花が揺れ、香りが運ばれる。
「まほーが……」
彼は咲き誇る花の一つのように、呆然とそこに佇んでいた。
『花のポポドス』といえば、大魔導師のお気に入りの一人で、悪戯の片棒を一番多く担がされたという魔導士である。喧嘩相手の枕元に異臭を放つ花を咲かせたり、風呂場の水をすべて花にしたり、頭の上にそっと花を咲かせたりと様々な悪戯に利用された。彼は粛々と従った。
また、師匠の説教から逃れようとする兄弟子たちによって、薄桃色の花を咲かせることにまで利用されたことも数知れない。
ある人が、先件のようなことは嫌ではないかと訊ねた。すると彼は、こう答えた。
「はぁ。でも、聞いて創造したら、もう咲いてるんです。間に合いません」
彼には敵意も悪意もないことだけは、誰もが知っていた。
「ポッピー!」
「お願いですからポッ、ぐぇ!」
彼が帰るより先に知らせが届いていたらしい。師匠イグリスの強烈な抱擁に捕まった。太い腕がギリギリと身体を締めつける。
「でかしたポッピー! よくやった!」
「うぎっ。ポ、ッピーぐぇ、は、やめ、んぎゃー!」
それからしばらくの間、彼は師匠と半径二メートル以上の距離を取ることになる。
:花のポポドス002
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「にーちゃん」
「イリになにすんだ! イリ、こっち来い」
「にーちゃん、お花は?」
「こっちに来いって」
しかたなく少年が少女のもとに歩み寄り、背にかばって見せた。
「イリに手ぇだすな!」
「あ……うん」
どうやら彼は悪者と思われたようだ。
「あっち行けよ。ちゃんと墓はすみっこに作ったじゃねぇか。まだモンクあんのかよ!」
「いや、文句を言いに来たわけじゃないんだ。たまたまここに来たんだ」
少年の釣りあがった眉毛がすとんと下がる。
「なんだ。早く言えよ」
「なぁ、墓を作る場所って、家によって決まってるのか?」
「テキトーだよ。でも……父ちゃんたちは祭りのときに死んだから、『ケガレ』たんだそうだ。だからオレたちも村のそとに住んでる」
「穢れ……」
村の因習だろうか。
「花はあったのか?」
「てっ、てめぇにカンケーねぇだろ!」
「にーちゃんお花はー?」
「うっ」
少年の両手には花は見当たらなかった。
この砂と岩の広がる大地で花を咲かせることができるのだろうか。買うとしても、高額なものなのだろう。
「お花ー」
「ま、また今度な」
「……うん」
「花は買うのか?」
「うん。商人がときどき持ってくる」
「よく枯れないな」
「枯れる? ちゃんと干してあるよ。枯れるもんか。あんた頭ワルいな」
「…………………………。生花は見たことないのか?」
「なにそれ?」
「乾燥していない花だ。時期が来れば枯れてしまう、咲いてそのままの花」
「枯れるんじゃ意味ないじゃん」
「……うん」
少女は藁で墓石を磨いていた。風が吹けばまた埃にまみれるだろうに。現に、磨いた先から風が砂を運んでくる。磨いても磨いても、砂まみれ。
「イリ。それくらいでいいよ。もう行こう」
「まだー」
「村のヤツらが来るから行こう」
兄妹は手を繋いで去っていった。ひとつだけ隅から追いやられた墓石が二人を見守っている。
枯れたら意味ないじゃん
それは確かにそうだ。けれど花は咲き続けているようで、実は次々に咲いては枯れ、咲いては萎れを繰り返している。枯れれば種を残し。萎れて地に落ち。種は土に根を張り。地に落ちて土となる。
この寂しげな大地に花咲けば、さぞかし映えるだろう。
もっと水があれば。もっと土が肥えていれば。もっと風が穏やかで、陽射しが柔らかであれば。
この手から溢れそうになるものを与えることができれば。
お花はー?
咲いたら、いいのに。
この枯れた大地でも咲くような花が、あればいいのに。
たとえば?
そう、たとえば。
この両手から溢れそうになるもので創造した花。
しなやかな茎。
ぴんと張りつめた葉。
きゅ、と引き締まった萼。
秘められた蕾。
鮮やかな雄しべ。
楚々とした雌しべ。
包む、滑らかな花びら。
立ちのぼり、くすぐる香り。
「あ」
彼が現実の世界に戻ってきたとき、周囲は目に痛いほど鮮やかに彩られていた。水連、桔梗、秋桜、向日葵、七変化、薔薇、朝顔、白粉花、椿、牡丹一毛、麝香撫子、片栗、仙人草、鈴蘭、唐菖蒲、霞草、金魚草、金盞花、竜胆--季節や気候を無視して様々な花が視界に飛び込む。
「あ」
自分の両手をまじまじと見つめる。周囲には誰もいない。
風に花が揺れ、香りが運ばれる。
「まほーが……」
彼は咲き誇る花の一つのように、呆然とそこに佇んでいた。
『花のポポドス』といえば、大魔導師のお気に入りの一人で、悪戯の片棒を一番多く担がされたという魔導士である。喧嘩相手の枕元に異臭を放つ花を咲かせたり、風呂場の水をすべて花にしたり、頭の上にそっと花を咲かせたりと様々な悪戯に利用された。彼は粛々と従った。
また、師匠の説教から逃れようとする兄弟子たちによって、薄桃色の花を咲かせることにまで利用されたことも数知れない。
ある人が、先件のようなことは嫌ではないかと訊ねた。すると彼は、こう答えた。
「はぁ。でも、聞いて創造したら、もう咲いてるんです。間に合いません」
彼には敵意も悪意もないことだけは、誰もが知っていた。
「ポッピー!」
「お願いですからポッ、ぐぇ!」
彼が帰るより先に知らせが届いていたらしい。師匠イグリスの強烈な抱擁に捕まった。太い腕がギリギリと身体を締めつける。
「でかしたポッピー! よくやった!」
「うぎっ。ポ、ッピーぐぇ、は、やめ、んぎゃー!」
それからしばらくの間、彼は師匠と半径二メートル以上の距離を取ることになる。
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