「ってなことがあったんだ。不思議なこともあるんだな」

 先輩は、そう締めくくった。



 薪のはぜる音がする。

 パチッ、ピチ、パチ、チッ、パチッ。

 踊り狂う火の先を見ていると、目のずっと奥まで暖められる。

「惹きこまれるなよ」

「はい」

 まだここは悪魔の領域だ。迂闊にものを見つめて心を奪われてはどうしようもない。



「その……レン、という子ですけど、女の子なんですか?」

「いや、男なんだ、実は」

「アンレーナって……」

「女名だな」

「……グレますよ」

「カワイくていいじゃないか。ただでさえイグリス導師のところは男しかいないんだ」

「いえ、ぜったいグレますって。保証しますよ」

「よけいな保証はするな。まだ十かそこらだから、ドレスでも着せればバレない」

「バレるバレない以前の問題です。子ども心に傷ついたらどうするんです」

「オレの責任じゃないな」

「…………」

 先輩は、常識という言葉を知っているだろうか? いや、問うまい。



「だいたいなー、師匠からしてアレだからな」

「……そうですね」

 否定はすまい。

 師匠イグリスは髭面の大男で、腕は年代ものの丸太のような人だが、趣味は園芸というおかしな……いや、自然に優しい人だった。とくに薄桃色の花が好きで、視界に入れた途端、そこが往来であろうが深夜であろうが雄叫びをあげて歓喜するような人なのだ。はた迷惑な……いや、みなまで言うまい。



「で、な。そいつ、まだ開花したわけじゃないんだが、先が楽しみだよ。言葉を覚えさせるほうが先だろうけどな。……おまえも、時間はかかろうが、いつか開花するさ」

「あぁ」

 つい、敬語が抜けた。

 先輩と呼びはするが、同期である。どうしても能力が開花しないままの彼は、そうそうに開花して昇進していく同僚をいつしか先輩として扱うようになった。当然ことだが、最初はお互いむず痒くて困ったものだ。



「明日には合流しますけど、先頭は誰が来るんです?」

「グイド導師の知らせによると、ミマだそうだ。れんちゃんだぜアイツ」

「笑いごとではないですね。疲れているものを使うなんて……」

「まぁ、そういうな。人手不足なんだ」

「はぁ」

 自信満々な顔でいうが、魔導士にとって疲れは天敵だ。術の途中で集中力がかけて失敗でもしたら、大惨事になる。

「そのときはおまえを盾にして逃げてやるさ。安心して寝ろ」

「そんな台詞を聞いてぐっすり眠れる人に、ぜひお目にかかりたいですね」

「こんど探しとくよ」

 寝ろ寝ろ、と先輩は手を振った。





 合流地点に到着して数刻。

 多少の遅れはあったものの、ミマ隊と合流した。

「でーなー、ここらへんに解れがあるらしくてなー、魔物が溢れて困ってるそうだ。結界補修して魔物処分するぞ」

 簡潔な説明になにを質問しろというのだろう。

 やはり元同期のミマはあくびをかみ殺しながらも人員配置をこなした。能力はそう高くないものの、人を使わせるとよい仕事をするといって引っ張りだこだそうだ。給料は足りているだろうか?

「カワイ子ちゃんがいたら知らせろよー」

 誰も知らせないだろう。



 何重にも張り巡らされた結界は、どんなに強固なものでもいつかは綻びがでる。それを補修し、かつ飛び出した魔物を除去・消滅させなければならない。

 運悪く、結界の近くに村がある。村長にかけあって今日一日は村人に家にこもるようにと厳戒態勢をしき、人気は魔導士たちだけになった。

「なー。思わねーか?」

「何をです?」

「この集団って、色気ねーよな」

「…………」

 一応、先輩だ。

 こぶしは控えよう。

 疲れているのだろうし。



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