珍しくダンク先生を朝から見た。

 家の背後にある森に向かって、うつむいている。



「先生、なにしてんの?」

「あぁ、おはよう、ニーナ」

 ダンク先生はまだ寝巻きだった。その上にカーディガンを羽織っているけど、なんと裸足のまま。

「おはよう。なにしてんの?」

「……いいや、散歩だ」

 裸足で?

 問い詰めようとしたけど、ちょうど魔法使いが二人を見つけたので聞けなかった。



「ね、魔法使い。レオナがね、領主さまんとこに行くの。お姉さんのかわりに行くんだって。街には歌が歌える人っていないの?」

「上手に歌える人は少ないんじゃないかな。レオナのお姉さんは、どうしたの?」

「……急に、死んじゃったんだって」

「流行り病が、流行っているらしい。ご領主の末のお子も、亡くなられたそうだ」

 寝巻きを着替えたダンク先生が教えてくれた。

「こっちまで来るかな?」

「大丈夫。疫病なら、僕がまえもって防いでおくから」



 それでもレオナは街に行かなければならない。

 ニーナは魔法使いに頼んで刺繍を教わり、ハンカチにレオナの名前を縫った。



「ね、魔法使い。先生って、街に友だちとかいないの? いたら、レオナと仲良くしてほしいな」

「どうかな。あちこち知り合いはいるみたいだけど……」

「……ダメ、かな?」

 レオナは歌が上手いけど気が弱い。知らない街に一人で行くなんて可哀想だ。でも、レオナが行かないといけないそうだ。



「どう? ダンク」

 魔法使いはニーナの背中に向かって言った。いつの間にかニーナの背後にダンク先生がいた。

「どうって、気の弱い女の子の、遊び相手になるようなのは…………」

 ニーナはダンク先生をじっと見つめた。

「……いないことも、ないけど」



 ニーナはハンカチと針を放り出し、レイナのところに走っていった。その背後で男二人が

「ホントにいるの?」

「人間でなくとも、ペットていどで、いいんじゃないのかい」

と、深刻な顔をしていたのは知らない。



 数日後ニーナは、ダンク先生からレオナへとお使いを頼まれた。

「新月と満月の晩には、そとに放してあげること。自分で餌を獲りに行くんだ。毛が生えそろうまで、水はあまり好まない。汚れが気になるようなら、よく乾いた砂で磨くこと」

 ニーナの両手のひらよりちょっとくらいの大きさの、太ったトカゲのような動物だった。でもトカゲには鬣や角はないから、きっと遠い国の生き物なんだろう--とニーナは思った。





 世界には、純朴な村娘には予想のつかないモノがいる。

 ソレは、人とは一線を引いて生存している。

 しかし、ある業界では、ソレを手懐けたという男の噂がある。その男は全身が白く、また貴公子然とした姿から、誰ともなく「白の悪魔公」と呼ぶようになった。

 しかし誰もその名を軽々しく口にはしなかった。その呼び名を本人がどう思っているのかわからないため、ソレによる報復を恐れたからだ。



 奇想天外な思考を持ち天真爛漫な性格のある発明家は、無謀にもそれを本人に問うた。悪魔公は重々しくうなずき、「まぁ、多少はあたっているね」と言ったという。





 大急ぎで駆けていく少女の後姿を見ながら、

「餌って、何食べるの?」

「聞くのかい?」

「…………もう少し大人になったら聞くよ」

魔法使いが青い顔をしていたことなど知らずにいた。



 そのほうが、幸せだろう。





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