「ニーナ。もうすぐ勉強会が、始まってしまう」
「うん」
「謝りたいのなら、そう言ってみたらどうかな」
金色の髪がパッとはねる。
「怒るかな?」
広いひたいのしたで眉がきゅっ、と絞られ、青い瞳が潤んでいた。昨夜は良く眠れなかったのだろう、目が赤い。
昨日来たときは川面の輝きを映したようだったはずの目が、今は悲しみで濡れている。怒って帰るときは後退りしたくなるほど気迫がこもっていたのに、今は肩もしょんぼり落ちている。
「行ってごらん、ニーナ。行って、訪ねてみるといい。わからないことは、悩んでいないで、訊ねてみることだ」
「お、お、怒られたら、ど、どうしよう。魔法使い、あ、あたいの、こと、キ……キ、キライって、いうかもっ」
「まだ、わからないよ」
少女の目から涙が一粒、落ちた。
なんて優しい子だろう、と感動する。
一言のために眠れない夜を過ごし、一言のために何度も同じ道を行き来し、一言のために涙を流すほど恐れる。子供心とはこんなにも脆く、温かいものだろうか。
自分の幼い頃を思い出そうとして、ずいぶん昔のことで、すぐには浮かばなかった。
ぼんやりと、生意気な子どもだったような記憶がある。友人を傷つけて、同じくらい自分も傷ついたこともあったような気がする。
そのあとどうやって仲直りしたのかは思い出せない。たぶん、どちらかがさきに謝ったのだろう……いや、その時の自分たちはもう、今の彼女ほど幼くはなかった。言わなくてもどうしたいのか知っていた。
「ニーナ」
「…………」
「行っておいで。それからまた、話をしよう」
「…………」
少女は階段を睨みつけ、まるで罪人が磔台へ登るような足取りで一段目を登った。
曲がった背中に長い金色の紐が垂れている。昼間のまだ暖かな風に毛先が揺れる。
長い髪を編みこむのに、いったいどれくらいの時間がかかるのだろう。腰まであるのだから、洗うのにもずいぶんと手間がかかるだろうに。
本人も毎日、大変だという。でも、自慢の髪なの、と。
たしかに、都の婦人たちが羨ましがるほど美しい金色の髪だ。深い緑色の丘を葉に見立てると、彼女の髪はまさに金の花びら。この小さな村で育まれた、それ自体が飾りとなる金の髪飾り。
砂金を溶かして、銀色の星の櫛で梳いたような。
銀色の……。
「銀の星は、瞳ではなくて、髪に宿るそうだ」
少女が四段登ったところで振り返った。
「夜空に流れる川と間違って、銀の星は、美しい髪に滑り降りてくる」
「なに、それ? おとぎばなし?」
「そう。古い御伽噺だ。--まるで、君の髪のことのようだ」
「魔法使いの好きな人と、おんなじ?」
少女はそのとき、女の目をしていた。
「魔法使いの好きな人も、きれいな髪だったの? 銀色の星が降りてくるような?」
できることなら、声を上げて笑いたかった。
いや、それは後にしよう。今は彼女の言葉に返答するべきだ。
「いいや。どちらかと言うと、稲穂のように、遠めに霞んだ金色の髪だった」
「あたいと、似てる?」
「お転婆なところは、ね」
「顔は?」
少女は鼻の頭にあるソバカスを気にしているのだ。
「鼻が小さいのを、気にしていたかな」
「あたいの鼻も小さいよ」
「大きさはそれほどでもないけど、ぷっくりとした唇でね。目もさほど、大きいほうではなかった。可愛いくらいに、丸い瞳で、見上げてくるんだ」
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「うん」
「謝りたいのなら、そう言ってみたらどうかな」
金色の髪がパッとはねる。
「怒るかな?」
広いひたいのしたで眉がきゅっ、と絞られ、青い瞳が潤んでいた。昨夜は良く眠れなかったのだろう、目が赤い。
昨日来たときは川面の輝きを映したようだったはずの目が、今は悲しみで濡れている。怒って帰るときは後退りしたくなるほど気迫がこもっていたのに、今は肩もしょんぼり落ちている。
「行ってごらん、ニーナ。行って、訪ねてみるといい。わからないことは、悩んでいないで、訊ねてみることだ」
「お、お、怒られたら、ど、どうしよう。魔法使い、あ、あたいの、こと、キ……キ、キライって、いうかもっ」
「まだ、わからないよ」
少女の目から涙が一粒、落ちた。
なんて優しい子だろう、と感動する。
一言のために眠れない夜を過ごし、一言のために何度も同じ道を行き来し、一言のために涙を流すほど恐れる。子供心とはこんなにも脆く、温かいものだろうか。
自分の幼い頃を思い出そうとして、ずいぶん昔のことで、すぐには浮かばなかった。
ぼんやりと、生意気な子どもだったような記憶がある。友人を傷つけて、同じくらい自分も傷ついたこともあったような気がする。
そのあとどうやって仲直りしたのかは思い出せない。たぶん、どちらかがさきに謝ったのだろう……いや、その時の自分たちはもう、今の彼女ほど幼くはなかった。言わなくてもどうしたいのか知っていた。
「ニーナ」
「…………」
「行っておいで。それからまた、話をしよう」
「…………」
少女は階段を睨みつけ、まるで罪人が磔台へ登るような足取りで一段目を登った。
曲がった背中に長い金色の紐が垂れている。昼間のまだ暖かな風に毛先が揺れる。
長い髪を編みこむのに、いったいどれくらいの時間がかかるのだろう。腰まであるのだから、洗うのにもずいぶんと手間がかかるだろうに。
本人も毎日、大変だという。でも、自慢の髪なの、と。
たしかに、都の婦人たちが羨ましがるほど美しい金色の髪だ。深い緑色の丘を葉に見立てると、彼女の髪はまさに金の花びら。この小さな村で育まれた、それ自体が飾りとなる金の髪飾り。
砂金を溶かして、銀色の星の櫛で梳いたような。
銀色の……。
「銀の星は、瞳ではなくて、髪に宿るそうだ」
少女が四段登ったところで振り返った。
「夜空に流れる川と間違って、銀の星は、美しい髪に滑り降りてくる」
「なに、それ? おとぎばなし?」
「そう。古い御伽噺だ。--まるで、君の髪のことのようだ」
「魔法使いの好きな人と、おんなじ?」
少女はそのとき、女の目をしていた。
「魔法使いの好きな人も、きれいな髪だったの? 銀色の星が降りてくるような?」
できることなら、声を上げて笑いたかった。
いや、それは後にしよう。今は彼女の言葉に返答するべきだ。
「いいや。どちらかと言うと、稲穂のように、遠めに霞んだ金色の髪だった」
「あたいと、似てる?」
「お転婆なところは、ね」
「顔は?」
少女は鼻の頭にあるソバカスを気にしているのだ。
「鼻が小さいのを、気にしていたかな」
「あたいの鼻も小さいよ」
「大きさはそれほどでもないけど、ぷっくりとした唇でね。目もさほど、大きいほうではなかった。可愛いくらいに、丸い瞳で、見上げてくるんだ」
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