体が軽くなる。頭を柔らかい物で包まれる。
 主だ。
「馬鹿モン。自分の使いを使え。なくば自分で言いに行け」

 

「愛している、と--」

 

 それが最後の言葉。
 口も目も開けたまま男は事切れた。
 何度も見てきた死という瞬間。主が大きく揺れるのを感じた。

 

 永い永い沈黙。

 

 帰還命令が伝わって切れた。
 新たな命令に従い帰途につく。
 過ぎた死の時間を振り返った時、なぜ自分があそこにいたのかわからなかった。風を読んで二度旋回した時、男と話したかどうかもわからなかった。
 山脈を抜け、街と草原を越え、海を渡る。その青さに何か思い出しかけたが、深い森に入る頃には何を考えていたのかわからなくなった。

 

 建物の一番高い所にある窓から入り、留まり木に下り立つ。そばのソファに背中を見せる主がいた。
「おまえは何でも拾ってくるな。死者の言葉が一番厄介だぞ」
 責める口調ではなかった。責められる覚えもない。
「もう忘れたか。そうだな。でないとお前は飛べないからな」
 飛ぶのは当然だ。主の命ならどこにでも行ける。
「どうしておまえの記憶を封じたかわかるか?」
 わかるはずがない。考えるような能力はない。

 

「生きているうちに積み重ねられた記憶は、不幸を強く印象づける。不幸はできるだけ遠くに離して置きたいという気持ちが、かえってそれを意識することになる。幸は身近に置き、大事にしまいすぎて見えにくくなる。
 人間は馬鹿だ。愛しているなら、一度それを手放してみればいい。自分にとって、それがどんなに重要なのかわかる。不幸だと結論付けるまえに、しまい込んだ幸をもう一度見直すべきだ」

 

 饒舌な主は倒れ込んだ。いつかのように泣きだすのだと慌てて飛び上がる。
 伏せた顔と手の隙間に無理やり頭をいれ、頬擦りするが巧くいかない。顔を上げてくれと髪を引き、肩を啄むと主の肩が震え出した。

 

 間に合わなかった。

 

 

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