「むかし、湖に落ちたんです。そのころ、とても寂しかったから、死んだら寂しさも感じないと思ったんです。助けられて、それなら寂しくないようにと、風の声を教えてくださったんです」

 少年は目を真ん丸にした。

「まじで聞こえるのか? 今も?」

「はい」

「俺にも聞けるか?」

「できます。でも……風の声を聞くようになれば、風に噂を流されます。風の声を聞くものの耳に入るんです」

「つまり?」

「見知らぬ人に、色んなことを降り撒かれるんです。どこに居ても見つかる」

「この町に誰かいるか?」

「今のところ、会っていません」

「ならいいや。聞かせてくれよ」



 とても、躊躇った。

 少年はことの重大さを理解しているだろうか。言い諭して理解し聞き入れるだろうか。無理な気がする。

 魔法使いが希少な存在となり、人と精霊との交流が絶えて等しい現代に育った少年に、一から理解させるのは至難の業だ。それに彼は教授が苦手だ。



 キラキラと輝く瞳に見つめられる

「何が起こったって恨まないから」

 そこまで言われれば断るのも難しい。



 手を、と差し出した両手を暖かい手が掴む。絆創膏が三つも貼られている手は節くれ立っていた。

「目を閉じて」

 いつも自分を取り巻いているものを少しだけ動かした。



 最初は神妙に耳を傾けていた少年は、眉間に皺をよせ、口許を歪めた。



 頬が痙攣する。



 唇が震えだすと、フンっと鼻息した。



 その時少年が聞いたのは、山脈の向こうの魔法使いがくしゃみをして、挽いていた小麦粉を吹き飛ばしたというものだった。



 少年は堪らず笑いだした。

「サイコー!」



 それから数年後、風のコルファスと呼ばれる発明家が風車という名の小麦挽き機を作り上げ、とある魔法使いに贈ることになる。

 その理由とこの出会いを本人は語ろうとせず、聞けるものだけの楽しみだ、と謎めいたことを言うばかりだった。



 未来のことなど知らない二人はただ笑いあうだけだった。

 空に向かって。



 風が笑い声を運ぶように、と。





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