彼の名前はジョンダン・スプリング。
 意気地無しな探偵だ。
 ちなみに「いくじ」を辞書で引くと「だらしがない」とある。いや、それは横に置いておこう。今の部屋に住みだしてまともな掃除をしたことが無いしそんなこと思いもしなかったが、それとこれは別だ。

 彼の生活圏にはファナという女性がいる。
 近所の肉屋の親父が言うには「豚に真珠」というくらいジョンダンにはもったいない働き者だ。

 ファナは週に一度、窓を拭く。
 今日も秋風に髪をなびかせながらせっせと拭いている。

 ジョンダンの家は集合住宅の三階にあって、毎回落ちないかと気を揉んでいる。恒例となった心配をかけようとしたジョンダンの視界の先では、ファナが楽しそうに笑っていた。
「そうなの。だから早めに暖炉を掃除してもらったのよ」
 それはジョンダンに向けられた声でないことは確かだった。ファナの視線は窓の外にあり、部屋の入り口に静かに立ったジョンダンに気づいた様子はない。

「薪も多めに用意しておかないとね。そっちはどう?」
 ジョンダンはおもわず周囲を見回した。どっちだ?
「風邪なんてひいてない?」
 ここ何年もご無沙汰だ。
「そのうち遊びに来てね」
 ジョンダンがジョンダンの家に遊びに行いと?

 ファナは窓の向こうに手を振ってみせた。ニコニコと嬉しそうに笑っている。
 その笑顔がジョンダンに向いた。
「あら、ジョン。どうしたの?」
 ジョンダンは無言で部屋に入り、ファナと同じ窓から外を眺めた。秋風の吹く重苦しい町並みが広がっている。
 ここは三階だ。お向かいのテラードさん家は窓すら閉まっている。今日は寒いのだ。下に向けた視線の先には人っ子一人いない道路。

「……………ファナ」
「なに?」
「……………………い………………落ちないようにな」
「えぇ、ありがとう」

 彼女の名前はファナ。
 表向き家政婦。
 意気地無しな探偵いわく『不可解な未亡人』。


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