イレニアは生まれ育った村が嫌いだった。
 地味で泥臭くて退屈な村から、早く出ていきたいと思っていた。
 レオナのように歌が巧いとか、ニーナのように綺麗な髪でもないけれど、村長の娘なら、街に行儀見習いで勤めて、いつか素敵な男性に求婚されてもおかしくない。

 

 問題は、父だ。
 一人娘を遠くに行かせたくないらしい。
 遠くといっても街まで三日だ。そんなに遠くないのに。
 とりあえず十五歳になるまで待って、伯父に頼もう--そう考えていた。

 

 そうはいかない事件がやってきた。

 

 地味で泥臭くて退屈な村に、王子さまがやってきたのだ! そればかりか、村の端の丘に住むという。
 父の側で彼に魅入っていたイレニアは飛び上がるところだった。
 お供は魔道士だというので、魔法の国の王子さまかと思ったけど、魔法は使えないらしい。王子さまなのに魔法が使えなくて、意地悪な継母に追い出されたのかも。かわいそうな王子さま。

 

 イレニアが一目惚れして一年経つ。
 イレニアはもう十二歳で、恋人がいても良い歳だ。求婚されるほうがいいけど、彼が遠慮して言えずにいるなんてかわいそうだから、それとなく近付くことにした。

 

 昼食を早めに済ませ、彼の家に向かう。今日は勉強会があるから迎えに行ってもおかしくない。
 新しいリボンはよく似合ってるし、こっそり借りた真珠のネックレスもお洒落だ。
 長々とした階段を登ると、丘の切り立った端に彼がいた。彼の視線の先を追うと遠ざかる鳥が見えた。たぶん、魔法使いの「つかいま」とかいうやつだ。王子さまに世話させるなんて、なんてひどい従者だろう。

 

「先生、こんにちは」
「こんにちは、イレニア」
「勉強会、一緒に行きましょ」

 

 二人並んで歩くあいだ、話すのはほとんどイレニアだった。彼はちょっと無口なのだ。
「先生はどんな人が好き?」
 これなら言うきっかけになる。
「そうだな。逞しくて、優しい人」
 逞しいかはともかく、優しいは褒め言葉だ」
「誰かと付き合ったことある?」
「……これといって」
「恋人は欲しくない?」
 言い過ぎたのか沈黙された。
「友人が、焼き餅焼きでね」
 なるほど。あの魔法使いが問題か。
 お目付け役の目を掻い潜って付き合うのは大変だが、恋に障害はつきものだ。そのほうが燃える。
「先生みたいに素敵な人なら大丈夫よ」

 

 今日は物の数え方を教わった。ズボンは一本、二本と数えるらしい。
 帰りも一緒に、と思っていると、彼のほうから誘ってくれた。
 行きの会話が良かったのかも。
「家まで送ろう」
 心臓が飛び出すかと思った。もう両親に挨拶だなんて、意外とせっかちな人なんだ。


: 一覧