彼が真ん中から退くと、魔法使いの手にいきなり赤い棒が現れる。さっきまで何も持ってなかったのに。
初めて魔法を見た。みんな驚きの声をあげた。
魔法使いが何か言い出すと、地面が開墾された部分だけ光った。太陽が下から昇ってくるかと思った。
一人逃げた。
魔法使いの足下に光の亀裂が走った。目を閉じて一心に何か言っている。頬を流れる汗が光った。
ドクッ、と足下が揺れた。イレニアは側にあったものにしがみつく。
ゴ、ゴゴン
光が回る。
囲まれた空気が暴れて暴風となり、魔法使いのひたいを傷つけた。痛みを感じないのか姿勢が揺るがない。
ゴゴン、ゴン、ゴン
堪らずイレニアは座り込む。
魔法使いの滴った血が地面に落ちた。
がこん、とずれる音。
大きく揺られて目を閉じる。
滝の轟音がして、雨が窓を叩く音が続いた。傘が落ちて暖かい雨が頬を打った。
歓声の声。
目を開けると霧があった。周囲が暑い。湯気だ。
魔法使いの足下からお湯が湧いてる!
イレニアは呆然とした。何が起こったのか理解できない。
男たちが叫ぶ言葉から、ここに銭湯が作られることを知る。
「せ、先生、これ」
「憩いの場になればと、思ってね」
「あたしのために?」
「過分な恩恵……世話になり過ぎているようだから、恩返しだ」
「あたしのためじゃないの?」
「もちろん、君も利用していいよ。管理は村長に任せるから」
イレニアは悟った。
嫌々ながら知った。
自分は無関係だと。
寂れた村に、良い温泉があると最初に言ったのは、ある商人だった。
林檎一個にも満たない料金で、広大な森を観賞しながら入れると言う。
春は村人以外利用できないという奇妙な条件付きながら、秘境の温泉として広まり、秋から冬にかけて泊まり込む客も現れる。そうなると宿屋、食堂、菓子店などで村は潤い、村人たちは丘の魔法使いのお陰だと口々に言った。
しかし、恋する少女にとっては苦い思い出となり、
「あ、あ、諦めるもんか!」
決意を堅くするものとなった。