彼の名前はジョンダン・スプリング。
さえない探偵だ。
ちなみに「さえない」を辞書で引くと「魅力がない」とある。いや、それは横に置いておこう。初恋の人に告白したら鏡を見直して来たら? と返されたこともあるが、それとこれは別だ。
彼の生活圏にはファナという女性がいる。
近所の掃除夫が言うには「月とすっぽん」というくらいジョンダンとは違ってきれい好きだ。
彼女は、初めてジョンダンの部屋を見たとき口をまん丸にして固まった。次に「ひどい」とつぶやくと、猛然と掃除にかかった。
散らかった服をかき集めて風呂場に投げ込み、散乱したゴミを次から次へとゴミ袋に詰め込んだ。はたきを振り回し、箒で切り裂き、雑巾で排除する。薄汚れた家具を丁寧に拭き清め、風呂場で山となった衣類を洗った。
なんとか人の住処になった頃、彼女はジョンダンに向かってこう言った。
「いいこと、ジョン。ゴミはゴミ箱にいれなさい。ホラ、あそこに置いておくから」
彼女の白い指の先にはピカピカに磨かれたゴミ箱があった。部屋の主ジョンダンがどんなに探しても見つからなかったのに、どこに行っていたのだろう。
「ジョンダン・スプリング。あなたって自分の部屋だって片付けられないのね。だったら昔のことだって、整理できていないんじゃない?」
ドキリとして胸を押さえる。
彼女は一体どのことを言っているんだろう。
二度と袖を通さなかった明るい色のシャツ、サビついたままコップに立ち続ける剃刀、穴の開いた木の実、絡まったままのネクタイ、引き出しの奥に閉まってあるハンカチ、ほこりをかぶった女物のブローチ、裏一面に落書きされた書類らしき紙屑、書けなくなったペンと空の墨壺……。
あれこれと思い出されて胃が重くなる。
黙りこんだジョンダンの前でファナは小さな穴が開いた軽い木の実を手に取る。わざとらしく振って見せ、その中身がどうして空っぽなのか知ってるんだぞ、というかのように微笑む。
ギクリとした。
知るはずがない。あの頃のジョンダンを彼女が知っているはずがない。だからあの木の実が空っぽの理由だって知らないはずだ。はずなんだ。そうであるべきなんだ。
絶対に。
たまたま見つけた木の実が虫に中身だけ食べられて空になっているのを知って珍しいからとあげた初恋の少女が虫食いの木の実だと知って投げて返したなんて知らないはずだ! それで嫌われたなんて! あげくに振られたなんて!
ふふ、とファナは笑って木の実を棚に戻した。
「初恋って実らないって言うものね」
「……………………………………………………」
彼女の名前はファナ。
表向き家政婦。
さえない探偵いわく『不可解な未亡人』。
<<不可解な未亡人
さえない探偵だ。
ちなみに「さえない」を辞書で引くと「魅力がない」とある。いや、それは横に置いておこう。初恋の人に告白したら鏡を見直して来たら? と返されたこともあるが、それとこれは別だ。
彼の生活圏にはファナという女性がいる。
近所の掃除夫が言うには「月とすっぽん」というくらいジョンダンとは違ってきれい好きだ。
彼女は、初めてジョンダンの部屋を見たとき口をまん丸にして固まった。次に「ひどい」とつぶやくと、猛然と掃除にかかった。
散らかった服をかき集めて風呂場に投げ込み、散乱したゴミを次から次へとゴミ袋に詰め込んだ。はたきを振り回し、箒で切り裂き、雑巾で排除する。薄汚れた家具を丁寧に拭き清め、風呂場で山となった衣類を洗った。
なんとか人の住処になった頃、彼女はジョンダンに向かってこう言った。
「いいこと、ジョン。ゴミはゴミ箱にいれなさい。ホラ、あそこに置いておくから」
彼女の白い指の先にはピカピカに磨かれたゴミ箱があった。部屋の主ジョンダンがどんなに探しても見つからなかったのに、どこに行っていたのだろう。
「ジョンダン・スプリング。あなたって自分の部屋だって片付けられないのね。だったら昔のことだって、整理できていないんじゃない?」
ドキリとして胸を押さえる。
彼女は一体どのことを言っているんだろう。
二度と袖を通さなかった明るい色のシャツ、サビついたままコップに立ち続ける剃刀、穴の開いた木の実、絡まったままのネクタイ、引き出しの奥に閉まってあるハンカチ、ほこりをかぶった女物のブローチ、裏一面に落書きされた書類らしき紙屑、書けなくなったペンと空の墨壺……。
あれこれと思い出されて胃が重くなる。
黙りこんだジョンダンの前でファナは小さな穴が開いた軽い木の実を手に取る。わざとらしく振って見せ、その中身がどうして空っぽなのか知ってるんだぞ、というかのように微笑む。
ギクリとした。
知るはずがない。あの頃のジョンダンを彼女が知っているはずがない。だからあの木の実が空っぽの理由だって知らないはずだ。はずなんだ。そうであるべきなんだ。
絶対に。
たまたま見つけた木の実が虫に中身だけ食べられて空になっているのを知って珍しいからとあげた初恋の少女が虫食いの木の実だと知って投げて返したなんて知らないはずだ! それで嫌われたなんて! あげくに振られたなんて!
ふふ、とファナは笑って木の実を棚に戻した。
「初恋って実らないって言うものね」
「……………………………………………………」
彼女の名前はファナ。
表向き家政婦。
さえない探偵いわく『不可解な未亡人』。
<<不可解な未亡人