次の瞬間、声が弾けた。

 

「おまえ、それで慰めてるのか? もっと巧くやれよ。くすぐったいだけだぞ」
 目に涙まで溜めて笑われた。
 仕方ない。元は野生の強い種族で、理性は幼い主に貰った程度しかない。高等な使い魔ではないのだ。
「大丈夫。ちょっとヘコんだだけだ」

 

 扉が叩かれた。
「グイド導師がお出でです」
「居間に通せ」
 主は立ち上がって、ソファの背も垂れに掛けてあった赤い布を取った。
「後で毛繕ってやるよ。あの導師話が長いから、散歩でもしてろ」
 颯爽とした後姿を見送る。

 

 ソファに濡れた跡を見つけた。啄んでみた。
 これが塩辛い味だろうか--。
 問うにも主はおらず、言われたまま空にでかけた。

 


 空に一番近いと言われる山脈では自殺者が後を断たない。それは特に、山頂にある聖域の周囲に特に集まった。
 見かねた大魔導師は、聖域を守るために番人を置いた。番人は聖域を取り囲むように目眩ましの魔法をかけたが、魔導士の中にはそれをかいくぐって入り込む者さえいた。

 番人は、なぜこの地を選ぶのか、と問うた。
 ある志願者は答える。地上に永く居過ぎたのだ、と。人と世界から離れがたくなった。だから、死して魂が未練に引きずられ、無様に地上を彷徨わぬようこの地を選んだ--と。
 土地に情を映した魔導士にとって、俗世と離れた聖域は最期の褥にふさわしい場所だった。

 


 ぬるい風をいっぱいに浴びていると、一カ所だけ湿り気を帯びたところに引っ掛かった。視線を向けると、女が涙を拭こうともせず立ち尽くしていた。
 視線は真っ直ぐにどこかを見ている。森を払い退ければ最高峰の山脈が見えたかもしれない。
 女は近付いてきた少年に笑って見せた。
「大切な人が死んだの」
 だから泣いていたのか--納得してその場を去った。

 珍しいことに、女の涙を永いこと覚えていた。


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