「恋心を注いで」⑫ | My-Hero

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ヒーローに憧れた夢。

無記名回答の指示の中、わざわざ自分の名前を明記し、後は全て白紙。俺に見せないように、職員室にまで訴えに行くなんて。

へこんでる場合じゃないな。俺は教師なんだ。生徒から先生って呼んでもらえる、特別な立場に就かせてもらっている。憧れの職業だったんだろ。「分からなくなった」なんて言ってる場合じゃないぞ。

今ある環境を、当たり前なんだと勘違いしてはいけない。心配してくれた中石先生にも、こんな俺を慕ってくれる七江にも、俺の生徒になってくれた皆にも、感謝の気持ちを持って接しなければ。何様のつもりだってバチが当たるぞ。

一教師として、今どうするべきか考えよう。これ、採用試験に受かったときみたいだな。あの頃は熱かったなー。夢が叶ったとき、あんなに感動したのに。いつの間にか忘れちゃってたのかな、この気持ち。

自分のやりたいことをできる人は恵まれている。今ある幸せを噛み締めて、全力で取り組んでいこう。

感謝しなければならない。感謝の気持ちは、言葉にしなきゃ伝わらない。「ありがとう」って言葉は、そのためにあるんだ。

七江、大丈夫かな。泣けなかったってのは、やっぱり立場的に一人だったからだよな。いつも友だちと一緒にいるイメージだったけど、今回ばかりは誰にも相談出来なかったんだろうなー。

俺なんかより、ずっと強い。俺は、ただ逃げてただけだ。七江は真っ直ぐぶつかっていったのに、俺は本当に情けない。七江も、中石先生も、皆も、俺を先生として認めてくれてるってことなんだ。ちゃんと応えなきゃ、ちゃんと向き合わなきゃ。これが俺の職業だ。


その後大須先生は、次の年から別の学校に転任することが決まった。七江たち生徒にその理由は詳しくは明かされなかったが、誰もが皆責任を取らされての異動だと想像していた。ただ一人、七江を除いては。

七江は、たぶん大須先生が自分で考えた上での一つの結論だったのだろうと思った。大須先生自ら学校側に直訴したのだろうと。どうしてその結論に至ったのか、全く分からなかったけど。会えなくなるのは寂しいけど、七江は大須先生を応援しなければと思った。

それでも七江の卒業を一年も残し、大須先生とのサヨナラはいきなり目の前に現れた台風のように感じられた。全然心の準備がまとまらないまま、七江はただその日が来るのを数えることしかできなかった。





また つづく。