絶望の淵に立たされて
私は
ヒーローを見ることでしか
どこへも逃げられなかった。
自分の知識が乏しい医療の世界は、病院の先生を信じる他ない。絶望は、予告なしにまた始まった。前よりも、もっと酷くなって帰ってきた。検査結果を突き付けられたとき、思わず口から出た「また」。心の底からの声であった。一度は正常範囲内に戻っていた数値であったが、更に悪い方へと更新されていた。目を疑った。信じられなかった。信じたくなかった。もう泣きそうだった。
家に着くと、久しぶりに遊びに来ていた甥っ子がいつもの満面の笑顔で迎えてくれる。なかなか会えない私たちは、会えたときにはこれでもかというくらい一緒に遊ぶ。なのに、初めて私は遊ばなかった。今までは甥っ子に負けないくらいの笑顔で迎えていた私なのに、初めてぎこちない表情になってしまった。
家でも顔を合わさない。一緒におでかけもしない。一緒にご飯も食べない。一度も一緒に遊ばない。私はずっと自分の部屋に閉じ籠っていた。ヒーローに逃げていた。そんな週末を過ごして迎えた今日の朝、仕事の為に部屋を出て身支度。朝一で迎えてくれる甥っ子。今日も早起きだな。
精一杯の「おはよう」、ちゃんと笑顔になってたのかな。自分と遊ぶ為に来たんじゃないと悟ると、大人しくおばあちゃんの元へ戻っていく。寂しそうな小さな背中。
もう一度家を出るために階段を掛け下りる。私の足音に、急いで玄関までくる甥っ子。私の「行ってきます」に、小さく頷いてくれる。また自分と遊ぶんじゃないんだって、寂しさで張り裂けそうな顔。
あんな悲しそうな顔、初めて見た。何で遊んであげられなかったんだ。せめて「行ってきます」以外にも、何かお話ししてあげれば良かった。なんなの、この大人。バカなんじゃないの。嫌われちゃったかな。ごめんね。嫌だよね、こんな大人。本当にごめんね。
今度はいつ会えるんだろう。許してもらえるかな。また一緒に遊んでくれるだろうか。怒ったかな。そのときまでに元気になるよ。だから、また、私と遊んでくれる?
もういいかなって思ってたけど
私がいなくなったら
きっと泣いてくれる
ヒカリの子がいるって分かったから。
元気になろう。病気なんて吹き飛ばそう。病は気から。「笑うことで癌細胞が死ぬ」って聞いたことがある。私は人一倍笑う子だった。うるさいって注意されるくらい、良く笑う子だった。甥っ子に負けないくらい良く笑ってた。絶対負けてなかった。
戻ろう、あの頃の私へ。元気になろう。明るくて、優しい大人になろう。甥っ子と、また遊べるように。甥っ子と楽しく笑い合えるように。笑顔で生きられるように。
笑顔でいたら、幸せになる?
幸せになるために、笑顔でいよう。
また一緒に遊ぼう。
もっともっとキラキラ笑おう。
仕事しながら、今日はずっと後悔してた。ずっと寂しそうな甥っ子の顔が、頭から離れてくれなかった。その度に涙が落ちそうになって、上を向いて瞬き。鼻水を啜り上げて、何度も何度も瞬き。
あんな顔、私に向けて初めてしたなー。せめてあのとき、あったかい言葉をかけることができていたら。それだけでも甥っ子の気持ちと顔は、少しは晴れたかもしれないのに。
言葉が出てこないなら、抱き締めてあげれば良かった。抱っこしてあげれば良かった。こんなこと今気付いたって、もう遅いよ。未熟な私が嫌い。甥っ子に優しくできない私が嫌い。後悔で泣きそうな私が嫌い。弱い私が嫌い。
希望の光を照らしてくれた、私の自慢の甥っ子が大好き。
強くなる。
優しくなる。
笑顔になる。
好きになれる私になる。
ありがとう、光の甥っ子。
早く会いたい、いっぱい遊ぼー。
ヒーロー、
貴方は自分のことが好きですか?
また みつけます。